第7話 江口賢はお金持ち

 期限まではあと5分。俺が足早にATMへと向かう途中、俺に話しかけてくる人がいた。2000円札のおじいちゃんだ。わざわざ俺が会計を済ませるのを待っていてくれたらしい。さっきは気付かなかったけど、1冊の雑誌を手にしていた。多田野が買ってたのと同じのだ。


「君、さっきはありがとう! 何か、お礼をさせてくれないか?」


 お礼なんて、そんなの良いのにって言いたかったけど、欲しい。あの雑誌が欲しい!


「じゃあ、えっと……。」


 なんて呼べば良いんだろう。おじいちゃんじゃ失礼かもしれない。それでまごまごしていたら、察してくれたおじいちゃんが、名前を教えてくれた。


「儂の名は江口賢。気軽にエロじいちゃんって呼んどくれ」


 まさか! そんなふうになんか呼べないよ! 俺は賢さんと呼ぶことにした。呼び方が決まって何となく無理なお願いもし易くなった。


「賢さんが手にしている雑誌、譲ってもらえ……ない……です、よ、ねぇ……。」


 俺はなるべく慎重に聞いた。断られるのも嫌だし、めっちゃ欲しがってるって思われるのも嫌だったから。


「こればっかりはのぉ……。」


 賢さんは即答だったけど相当困ってる。買ったばかりの雑誌をちょうだいだなんて、俺も意地悪なことを言っちゃったよな。反省しなきゃ。と思いつつも、俺はついジト目で雑誌を見てしまった。さらに気まずい空気になっちゃった……。


「……代わりに儂の財布をやるから、これで勘弁してくれ……。」

「えぇっ!」


 財布をくれるだなんて、まさか! 俺が驚いているうちに、賢さんは財布を俺に渡し、颯爽とその場を立ち去った。


「その財布は、儂にはもう不要じゃからのぉ……」


 それが、俺がこの世界で聞いた賢さんの最後の肉声だった。け、賢さん……俺も財布なんか要らないのに……。俺はそう思いながらも、賢さんの親切に感謝した。

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