第3話 多田野忍はイヤなやつ

 おじいちゃんには親切にした俺だが、困ったことがあった。財布の中には、もう1000 円札がないということだ。俺はATMの列を離れ、コンビニのレジに向かった。そこには、なんて読むのかわからないけど『店長 美楽』と書かれたネームプレートを付けた女が暇そうにしている。美楽は、我が校の男子生徒は『ビラク』って呼んでいる。そのレジカウンターには、他に知らせることないのかよって思うくらいデカデカと貼り紙がしてあった。たったの4文字『両替不可』と。まずい。両替してくれないんだ。これでは期限までに1000円を振込むことができないかも! 俺は焦った。そして、決断した。


(ふっ、まさかこの俺がコンビニで買い物するなんてなぁ……。)


 俺は、買い物はスーパー東友と決めている。だか、今はまさかの緊急事態。期限まであと17分しかない。けどね、この地球で1つくらい良いことしてから異世界に行ってもいいじゃないか。おじいちゃんに親切にしたのがそれだ。だから俺は後悔なんてしていない。代償として何か買い物しなければならないとしても、受け入れよう。そうやって自分に言い訳をしつつ店内を見渡して、俺はあることに気付いた。


(本! 本だ!)


 本はどこで買っても同じ値段。だったらコンビニで買っても出費にはならない。ポイント還元を除けばだけどな。とはいえ、くだらない雑誌を買う気にはならない。俺は、なるべく珍しいモノを探した。そして、見つけた。今の俺が手にしてこそ、価値のある雑誌だ!


「おぉ、これだ!」


 俺が見つけたのはくだらない雑誌なんかじゃない。『これを読んだら、名前の最後に『者』が付くこと間違いなし』っていうキャッチコピーが付いている。新しい! 珍しい! この雑誌に出会うまでに2分を要したが、有意義じゃないか! 俺は、その雑誌に手を伸ばした。ところが、一瞬早くそれを手にした奴がいた。俺はその手に自分の手を重ねてしまった。


「あっ……。」


 はねっこのあおいちゃんとかだったら良かったのに、全然違った。同じ雑誌を同時に掴もうとした相手は、よりによって俺がクラスで1番嫌いな奴だった。


「あれ? 真坂野じゃね!」

「よ、よう。多田野。その雑誌……。」

「あぁ、これな」


 多田野は乱暴に雑誌を振り回した。まだ支払いを済めせていないのに、酷い奴だ。そういうガサツなところが嫌いなんだよ!


「そう、それ。俺に譲ってくれないか、なぁ……。」


 俺は恐る恐る、多田野の機嫌を損ねないよう慎重にそう言った。多田野は俺の顔を見たあと雑誌に付されたキャッチコピーを数秒眺めながら言った。


「嫌だね。これは俺が買う!」


 そしてそのままレジへと消えていった。くそう。もう少しで、異世界転移後、即勇者! あるいは、異世界転移前、既に勇者! となっていたのだろうに。あいつなんかが手にしたって、なんの価値もなかろうに……。いや、そうでもないか。あいつの下の名前は、たしかしのぶ。『忍』って書く……。まさか! あいつ、忍者になるつもりなのか? バカバカしい! まぁ、忍者にでも何でもなればいい。俺には、異世界が待っているんだぞ、フフンッ!


 俺は気を取り直して、別の雑誌を探した。時間がない。期限まではあと13分。でも、とにかく雑誌を手に入れなければ気が済まないというテンションだった。だが、あれほどの雑誌がそんなにゴロゴロ転がっているはずがない。実際、ほとんどの雑誌が同じ記事を特集にしていた。それは、『10円玉ミラクルな育乳法』だ。おっぱいとブラの間に10円玉を挟んでおくだけで、おっぱいが大きくハリのあるものとなるという噂だ。そんな下らない噂を特集に組んでいる雑誌なんて、俺には要らない。俺は本棚をよーく探した。そして、手に取ったのは、まさかのエロ本!


(まぁ、異世界に持ち込めば価値があるかもしれないしな……。)


 俺は自分に言い訳をして、雑誌を手に取った。だがそのとき、手に取った雑誌の影に隠れていた別の雑誌が俺の目に留まった。


「なっ、なんだこれはーっ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る