【第十三章】

【第十三章】


 宙を舞う、小柄なケイの身体。ちょうど竜巻に巻き上げられるようにして、彼女は魔王城の方へと吹き飛ばされていく。


「ふみゅ!」


 という可愛らしい声を上げて、頭から地面に突っ込む。

 しかし俺の方は、そうそう上手くはいくまい。体格も体重も、ケイとは違いすぎる。吊り橋が破壊されたことで、俺は奈落の底へと落ちていくだけだろう。


 俺は死ぬのだろうか? 現世の家族に知られることもなく、こんな異界の地で? 何の社会貢献もできずに?


 ああでも、今死ねば、俺がかつて死なせてしまったあの女の子に会えるかもしれない。今度はきちんと、こちらから謝ることができるかもしれない。酷い罵声を浴びせたことを。結果、彼女を死に追いやったことを。


「憲治!」


 竜巻の向こうから、ケイの声がする。崖から上半身を乗り出して、こちらに手を伸ばしている。危険だ。

 意外なことに、そんなケイの肩を押さえていたのは、誰あろう魔王本人だった。何故か俺に、気遣わし気な目を向けてくる。

 自分で吊り橋を破壊し、俺を叩き落したくせに。それとも、良心の呵責でも感じたのだろうか。


 それらが目の前をよぎったのも一瞬。俺は重力の奴隷となって、ばさばさと服をはためかせながら、怪物の口のような亀裂に呑み込まれていった。


         ※


「ッ……」


 眩しい光に目を射抜かれ、俺は目を覚ました。ん? 目を覚ました、って俺は生きているのか?

 ただ眩しいだけで、視界はほとんどない。だが、頭部に大きな違和感があるのは感じられた。何かを被せられているのか?


 俺はゆっくりと手を側頭部に伸ばし、その『何か』を両の掌で挟み込んで、引っ張り上げる。それから手を下ろし、被せられていたものを見てみると――。


「ヘッドマウント・ディスプレイ、か……?」

「そうだよぅ、憲治!」

「うわ!」


 俺は驚き、正座したまま飛び退いた。


「ケ、ケイ! ここはどこだ? 魔王はどうなった? っていうか、お前だけ現世に戻ったんじゃなかったのか?」

「心配はいらないよ、憲治くん。ここは現世、現実世界だ。君は帰ってきたんだよ。ヴァーチャル・リアリティの異界から、ね」


 声のする方を見ると、そこには魔王がいた。壁に背中を預け、腕を組んで、穏やかな表情で俺を見つめている。


「あ、あんたは……?」

「魔王役の井山芽衣子。君やケイと一緒に、異世界にダイブしていたんだ」


 俺はじっと、相手の顔を眺める。


「あ」


 確かに彼女、井山は魔王本人だった。今はあの刺々しいメイクをしていないから、言われるまで全く気づかなかった。


「見ての通り、ここはアパートの君の部屋だ。モンスターは現れないよ。それより、一つ気づくことはないか?」


 気づくこと? 俺が首を傾げると、ちょうどベッドのそばに腰かけたケイと目が合った。


「そ、そうだ! 俺、薬を飲んでねえんだ!」


 異界という仮想現実に放り込まれていたせいで、精神安定剤のことなどすっかり忘れていた。


「引っ掛かったね、憲治ぃ!」


 ケイは指先で俺の頬をつついてくる。


「ちょ、ま……説明を頼む」

「そのつもりだとも、憲治くん」


 そう言って、井山は壁から離れて腰に手を当てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸せになる薬~とあるニートの薬物依存~ 岩井喬 @i1g37310

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ