【第十二章】

【第十二章】


「随分ありがちな展開だよな……」


 俺はそう愚痴りながら、ケイを従えて吊り橋を渡っていた。『吊り橋効果』なんて可愛らしい現象が起こるはずもなく、言葉少なに、俺たちは魔王城のすぐ手前まで歩を進めてきている。


「もう少しだぞ、ケイ」


 背後でケイが頷く気配がする。しかし、


「あ、いや、ちょっと待て」

「何?」


 俺は頭を抱えたくなった。


「どうしてこうもお定まりのトラップを仕掛けるかな……」


 その場にいない魔王に向かって、文句を垂れる。

 俺の眼前には、蟻にでも踏み抜けそうなほどに腐った木の板が吊るされていた。

 慎重に渡ってみるか? いや、この板だけ跳び越えた方がいいか? 


 そう思案し始めた、その時だった。唐突に雲が頭上に凝集され、稲妻が迸った。同時に高笑いが降って来る。この状況、さっきも遭遇したぞ。


《ふははははっ! よく来たな、勇者よ!》

「おい今出てくんなよ! こっちは危ない橋渡ってんだぞ! 文字通りな!」

《ん? ああ、すまんすまん》


 殊勝にも、謝罪の言葉を挟む魔王。まあ、出現直後に『出てくるな』と言った俺も俺だが。

 それはさておき。


《勇者とその眷属よ、我輩が直々に試練をくれてやろう! 喰らえ、『竜巻』!》


 何の捻りもない、それ故に斬新すぎる技名である。すると、確かに一陣の突風が俺たちを飲み込んだ。まさに竜巻。だが、すぐに止んでしまった。


「おい、今ので終わりかよ?」

《後ろ! 勇者よ、後ろを見るのだ!》

「はあ?」


 俺は何の警戒もなく、左腕を庇いながら振り返った。そして納得した。

 そこにあったのは、確かに竜巻だった。俺たちが渡り始めた吊り橋を破壊しながら迫ってくる。木の板も縄も埃のように吹き飛ばされ、足元がぐらつく。


《どうだ、我輩の力を思い知ったか!》


 いや、本気で俺たちを倒すつもりなら、魔王城のある方から攻め立てればいいと思うのだが。それでも、俺とケイが危険な状況にあることは変わりない。


「急がなきゃ、憲治!」


 俺を半ば突き飛ばすようにして、ケイが飛び出した。って、


「おい待て!」


 俺はケイの後ろ襟を掴もうとした。が、右腕は宙を掻いた。短い悲鳴が響く。ケイは思いっきり、脆くなった板を踏みつけ、落下した。


「ケイッ‼」


 俺は無意識のうちに身を乗り出し、右腕一本でケイの手首を掴んでいた。間一髪、といったところか。だが、背後から迫る竜巻は、容赦なく吊り橋を破壊し、足場を粉砕していく。


「わ、うわわっ!」


 不安定に揺さぶられる中、俺は似たような状況があったことを思い出す。

 ついさっき、植物モンスターの発する霧の中で見た回想だ。


 あの時、俺は目の前から駆け出した女の子を引き留められなかった。そして、彼女は命を落とした。


「俺のせいで……」


 そうだ。今回もまた、俺はケイを引き留めることができず、落下の危機に晒してしまった。

 深い渓谷が、ケイを飲み込もうとしている。

 だが、もしまだ間に合うのなら。いや、間に合わせてみせる。 


「これ以上、俺のせいで誰かを死なせて堪るかッ‼」


 俺は左腕の激痛を無視するようにして、縄を掴んだままさらに身を乗り出した。早くケイを引っ張り上げ、竜巻から逃れなければ。


「憲治! 私のことはいいから逃げて!」

「そう簡単に、済ませられる問題じゃ、ねえんだよッ!」


 ケイがどれほど俺のことを知っているのかは分からない。

 だが、俺は知っている。ケイは突然押しかけてきた奇天烈幼女だが、今は俺が守ってやらなければ。


 右腕でケイを、左腕で縄を引っ掴む。この体勢では、いつ身体が引き裂かれてもおかしくはない。それでも――。


「うおらあッ‼」


 俺は思いっきり、全身をバネにしてケイを引っ張り上げた。その勢いを殺さずに、宙高くぶん投げる。

 せめて彼女だけでも救ってみせる。償いでも何でもいい、死んでも俺自身が納得できるならば。

 

 そうして、俺は竜巻に呑まれた。

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