【第十一章】

【第十一章】


「いつっ……」


 木屑や草片が吹き荒れ、俺の頬を打つ。だが幸いにも、ケイが倒木や暴風に巻き込まれることはなかった。俺は何とか、彼女の頭を胸に抱き締めるようにして岩陰にうずくまっている。

 あたりが静まり返ったのを確認し、軽くケイの肩を揺する。


「ケイ、大丈夫か? 返事しろよ、ケイ!」

「う……ん……」


 もぞもぞと、俺の胸に頬を擦りつけてくるケイ。


「あ、憲治……。大丈夫だった?」

「大丈夫だった? って、それはこっちの台詞だ! 怪我、ないか?」

「うん」

「そうか」


 端的な会話を交わしてから、俺は岩の上に肘を載せ、植物モンスターの方を見遣った。そこにあったのは、巨大な切り株。俺が斬り倒した上の部分は、ゴブリンと同様に黒煙となって消え去っていくところだった。


 その時、俺は違和感を覚えた。視界が全体的にぼんやりしている。


「って、まさか!」


 俺は慌てて頭部に手を伸ばした。勢いよく暗視ゴーグルを外す。


「ああ……」

「ど、どしたの、憲治?」

「マズいな。空が明るくなってる。日の出はもうすぐだ。行かねえと」


 ゴーグルを右手でケイに渡しながら、左手を地面に着いて立ち上がろうとする。その時だった。


「ぐっ!」

「憲治⁉」

「な、何だこれ?」


 左腕に走る違和感と激痛。血が出ている様子はない。どちらかと言えば腕の内側から、刺々しい感覚が湧き出てくる。


「骨折してる」


 尻餅をついた俺の左腕を一瞥し、ケイがさらりと言った。

 こ、骨折だと? 今まで骨折を経験したことのない俺にとっては、意外過ぎる診断だった。っていうか、どうして一見しただけで分かったんだ?


 いや、今それは問題ではない。早く魔王城に辿り着かなければ。

 俺は右腕と両足で立ち上がり、そばに落ちていたMP5を拾い上げた。


「もうすぐ森を抜けるよぉ。あとは真っ直ぐ、荒野を行くだけだからぁ」


 俺は無言で頷き、すっかり元気になったケイの後に続いて歩み出した。


         ※


「……これが、荒野?」

「うん」


 これまたあっさりと肯定するケイ。

 森を抜けた俺の目に入ってきたもの。それは、いかにも一昔前のファンタジーRPGらしい、石造りの厳めしい巨大な建造物だった。

 しかし、問題はそこに至るまでの道のりである。


 俺たちと魔王城の間には、横一文字に深い崖があったのだ。左右を見渡すが、崖が途切れる場所は見当たらない。

 代わりに、木材の足場と縄で造られた吊り橋がある。目測で、約三百メートル。


「これを渡れ、ってか……」

「だねぇ」


 気楽に言うなよ、ケイ。だが、そんな彼女の軽口には既に慣れっこになっていた。


「この吊り橋を渡るぞ。コケるなよ」

「当たり前っしょ! あ、でも」


 小首を傾げるケイ。


「憲治だけ行ったら? 二人で渡ったら、途中で縄が切れちゃうかもしれないし」


 その言葉に、俺ははっとさせられた。と同時に、俺は使える右腕を掲げ、拳骨をケイの頭部に見舞っていた。


「きゃふん!」

「馬鹿、お前だって現世に戻る必要があるだろうが。余計な心配すんな。行くぞ」


 俺は背中に背負ったMP5を軽く揺すってから、ケイに手を差し伸べた。


「う、うん」


 おずおずと、俺の右手を握り返すケイ。その頬がやや赤みがかって見えたのは気のせいだろうか?

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