【第十話】

【第十章】


 ケイを捕らえた大木は、まるで動物であるかのように蠢いた。伸縮性の高い幹を根元近くから振り回し、枝を震わせて俺の接近を拒む。

 こちらとて、MP5という飛び道具はあるが、枝の動きに気を取られ、狙いを定めるどころではない。


「チィッ!」


 俺は大きく舌打ちする。が、その時だった。

 俺は気づいた。ケイの背負っていたバックパックが、そばに投げ出されていることに。

 MP5を短く連射し、鞭のようにしなる枝をやり過ごしながら、俺はバックパックを抱き締めるようにしてスライディング、大きな岩の陰に隠れた。


「はあっ! はあ、はあ……」


 日頃の運動不足がたたっているが、そんなことを言っている場合ではない。

 

「何か武器は……武器はねえのか⁉」


 ピンク色のランドセル状の四次元ポケットを漁る。だが、その中身を見ることはできない。闇が延々と続いている。腕を突っ込んで何かを引っ張り出すしか、武器を得る方法はない。


 俺が必死に四次元ポケットをいじっていると、ケイの絶叫が聞こえてきた。

 慌てて俺が顔を出すと、ケイは思いの外元気だった。いや、必死だったと言うべきか。

 半透明の膜に包み込まれ、それでも全身を使って何かを訴えかけてくる。

 そしてその意味を悟った瞬間、俺の中で何かが爆発した。


「自分を置いて先に行け、日の出に間に合わなくなる、だと……?」


 俺の心中で起こった爆発。それによって、俺は拳を震わせ、唇を噛みしめ、思いっきり靴の裏を地面に叩きつけた。


「だからって、てめえを放っておいていいなんて話があるわきゃねえだろうが!」


 俺の怒声に反応したのか、木の枝が一斉にこちらにその魔手を伸ばしてきた。俺を絡め取るつもりか。だが無意識のうちに、俺はある武器を、ケイのバックパックから取り出していた。


 一振りの日本刀だ。

 俺が現世でプレイしていたFPSで、『遠距離武器不使用ルール』なんてものがあった。その時の俺の相棒が、日本刀だったのだ。

 コンバットナイフでもチェーンソーでもレイピアでもない。日本刀一択だ。


 どうしてこのタイミングで、上手く日本刀を引っ張り出せたのか。それは分からないとしか言いようがない。

 ただ一つ確かなこと。それは、俺の気持ちだ。


 ケイを、どうしても助けてやりたい。いや、必ず助けてみせる。


 MP5同様、日本刀は機敏に俺の腕に反応し、木の枝をバッサバッサと斬り捌いた。まるでゲームのコントローラー越しに使っているような、気楽さすら覚える。


 ひとしきり枝の伐採を終えた俺は、日本刀を無造作に投げ捨て、二本目の刀をバックパックから引き抜いた。

 植物モンスターの方はと言えば、攻防一体であった枝をほとんど失い、のけ反るようにして俺から距離を取ろうとしている。同時に、ケイを包む水風船は、ぐわんぐわんと揺さぶられる。


 ケイが、水風船越しに涙目で俺を見つめてくる。

 待ってろ。今助けてやる。


 俺は身を屈め、下草を踏みしめながら疾走、抜刀。そのまま傾いだ木を駆け上り、


「はあっ!」


 勢いよく水風船のぶら下がった枝を断ち切った。

 着地するが早いか、俺はその場で一回転。日本刀は、盛大に刃こぼれを起こしながらも、植物モンスターの幹を両断した。


「ぷはっ!」


 水風船を自力で破ったケイを抱え込むようにして、先ほどの岩陰に入る。すると、ちょうど俺が回転斬りを放ったあたりに、植物モンスターの太い幹が倒れ込むところだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る