【第八話】
【第八章】
ホゥ、ホゥという梟の声、小動物の駆け回るカサカサという音、そして自分とケイが下草を踏みしめていく足音。それ以外の音声は何も聞こえてこない。
「着いて来てるか、ケイ?」
「うぅ……手、離さないでねぇ……」
ケイは恐る恐る、といった感じで俺のシャツ(縫い目の荒い冒険者仕様)の裾を握りしめている。こいつも暗いのは怖いのか。まあ、俺ほどではないだろうが。
俺は状況を鑑みながら、歩を進める。
今のところ、武器には不自由しない。ひとしきり暴れ終わったケイによれば、やはり彼女のバックパックはほぼ無限に弾薬を供給してくれるとのこと。
となれば、残るは時間である。
明日明朝までに五キロ強の距離を踏破し、魔王城に到達しなければ。魔王とは交渉するのか、あるいは勇者らしく戦うのか、そこまでは分からない。
いずれにせよ、タイムリミットは宣告されているわけだから、それに準拠して行動せねばなるまい。
そこまで考えを整理した直後のこと。
バサバサバサッ!
「どわっ!」
「きゃぅん!」
凄い羽音がした。どうやら、睡眠中だった鳥類を起こしてしまったらしい。暗視ゴーグルの向こうで、二、三羽の大きな鳥が飛び立っていくのが見える。
「何だ、モンスターじゃないのか……」
一応、襲ってこないことを確認してから、俺は前進を再開しようとした。が、しかし。
「……ケイ?」
「むぅ」
ケイが、片手で俺のシャツの裾を、もう片手で俺の袖を掴んでいる。こちらが身動きできなくなるほどの強い力で、だ。
「どうしたんだよ? さっきの威勢はどこへ行っちまった?」
俺はしゃがみ込み、ケイと目線を合わせようとする。が、ケイは顔を背け、地面の一点を見つめたまま。その頬が軽く朱に染まっているように見えたのは気のせいだろうか。
俺が軽くケイの頭を撫でてやろうとした、次の瞬間。
「ッ⁉」
暗視ゴーグルの視界が曇った。同時に、芳香剤を滅茶苦茶に配合したような異臭が鼻を突く。
「な、何のトラップだ?」
慌てて周囲を見渡す。だが、濃密な霧に包囲され、暗視ゴーグルすら利かなくなっている。
銃口をあちらこちらに向けてみるが、視界が閉ざされていては全く無意味である。
俺は素早く手を伸ばし、ケイの腕を掴んだ。
「俺から離れるなよ、ケイ!」
しかし、その腕はするり、と俺の手中からすり抜けてしまった。
「おい、何ふざけてんだ! お前一人じゃ戦えないだろう!」
そう怒鳴った時だった。霧の向こうから、一つの人影が浮かび上がってきた。
ケイの奴、一体何を? いや、違う。あれはケイじゃない。
短めのポニーテール。日本人らしい茶褐色の瞳。ケイよりもほっそりとした頬。
ぎゅっと強く結ばれた口元は、俺に向かって何かを訴えかけようとしている。
「き、君は……」
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