【第七章】

【第七章】


 ゴブリンの掃討はあっという間だった。俺はMP5をセミオートに設定し、短く連射することで着実に敵を仕留めていった。


 俺たちを包囲していたゴブリンは、ざっと十頭弱。弾倉は、気絶中のケイのバックパックから勝手に拝借した。これだけの銃声がしているのに、よくもまあ寝ていられるものだ。


 敵の姿が消え去ったのは、月明りの元で確かめることができた。

 俺は油断なく片手でMP5を構えながら、ケイのそばに片膝を着く。


「おいケイ、大丈夫か?」

「ん……むにゃ……」


 って、寝てんのかい。まあ、重傷ではないようなので安心はしたが。

 だが、次の問題はすぐさまやって来た。先ほど魔王が現れた時のように、厚い雲が月光を遮断してしまったのだ。


「う……!」


 戦闘で昂っていた俺の身体は、一瞬で冷え切った。周りが見えない。怖い。怖すぎる。

 現世での俺の弱点は、この異世界に引き継がれていたようだ。


『夜間恐怖症』とでもいうのだろうか。暗くなったり、自分の周囲から人がいなくなったりすることが怖い。怖くて堪らない。またゴブリンやら何やらの襲撃を受けたら、俺はとても応戦できないだろう。


 そんな状態にも関わらず、俺は現世で昼夜逆転の生活をしていた。強いられていたといってもいい。

 理由は分からない。が、俺の生活時間のズレは、一般人との関係性のズレと連動していたように思う。早い話、俺は他人との関わりが極端に苦手だったのだ。


「あれ?」


 では、どうしてケイとは話ができたのだろう? 行動を共にすることができたのだろう? 突然のことで動転し、ビビリ症が吹っ飛んでしまっていたのか。


 いずれにせよ、俺は夜が怖い。闇が怖い。


「なっ、何か……!」


 照明になるようなものはないか? 明かりをつけられるものは……!

 バタバタしていると、すぅすぅ寝息を立てているケイの姿が目に入った。同時に、彼女の背負っていた四次元バックパックも。


 俺は祈るような気持ちで、バックパックに手を突っ込んだ。何かが指先に触れる。これは何だ? 

 いいや、何でもいい。俺の人生に光明をもたらしてくれさえすれば――!


 某人気猫型ロボットが、秘密道具を取り出すような効果音がした。そして出てきたのは、


「暗視ゴーグル~~~~!」


 俺はいつしか、間の抜けた声を上げていた。そしてそれを頭上に掲げ、安堵の息をついてから頭部に装着する。指先が自然に動き、ゴーグルを起動させた。


「どはあっ!」


 やっと俺は、視界を得た。眼前に展開される世界は、緑色の濃淡によって埋め尽くされている。だが、これでいい。真っ暗で方向感覚が失われてしまうよりはよほどいい。

 俺はMP5の弾倉を一旦外し、残弾を確認してから再度取り付けた。


「ケイ、おいケイ!」


 周囲に気を張りながら、ケイの肩を揺する。


「……む? むにゃ……ってうわあっ!」


 俺と似たようなリアクションを取るケイ。


「なっ、何だ⁉ おのれ、か弱い乙女の寝込みを襲うとは! 許さん! 目玉の飛び出た怪物め!」

「暴れるな馬鹿! 俺だ、憲治だ!」


 何とかケイを宥めようとする。しかし、ケイは慌てふためくばかりだ。

 お陰で俺は出発するまで、ケイのいる方向から無作為に飛んでくる拳やブーツを回避するのに息を切らすことになった。

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