【第五章】

【第五章】


 真夜中だけあって、なかなかケイの姿の輪郭が掴めない。十歳くらいのいかにもガキって感じの背丈に、ここでも涼し気なナース服と思われる衣服を着用。頭には一対の耳が生えていて――耳?


「どうしたんだよぅ、憲治?」


 ちょうど月が雲から出て、空き地中央まで駆けてきたケイの姿を照らし出した。そこにいたケイに、俺は一言。


「何だ、そのカチューシャ?」


 そう。ケイはケモ耳と思しきカチューシャを装備していた。幼児体型でナース服、それにケモ耳。どんだけキャラを盛れば気が済むんだ、コイツは?


 まあ、そのお陰で緊張感や恐怖心が和らいだのも事実。俺は無造作にケイの頭部に手を伸ばし、


「ここがどこだかも分からないんだ、ふざけてる場合じゃねえぞ」


 と言ってカチューシャを取り外そうとした。が、しかし。


「痛い痛い! 何するんだよぅ、憲治ぃ!」

「あ、悪い」


 すぐに外れるものと思って、勢いよく引っ張ってしまった。だが、耳は一向に外れる気配はなく、ケイの頭部に密着している。って、これは……。


「なあケイ、その耳、もしかして本物か?」

「うぅう……。そうだよぅ、本物の私の耳だよぅ」

「な……!」


 涙目で抗議の目を向けてくるケイ。しかし俺の問題意識は、全く違うところにあった。


「な、なあケイ、ここはいつからファンタジーの世界になった?」

「え? ついさっき」

「はあ?」


 ついさっき、って……。これは悪い夢なんじゃないか? ケイが現れたことも含めて。


「おい、冗談よせよ!」

「冗談じゃないもん!」


 ぷくーっと頬を膨らませるケイ。


「どうでもいいけど、俺を現実世界に帰せ!」

「今すぐは無理! 魔王を倒して、その力を借りないと!」


 魔王? おいおい、一昔前の本格RPGか。

 その時だった。バチン! と夜空に雷光が走り、月の明かりがかき消された。代わりに、たちまち夜空を暗雲が埋め尽くし、そこに映像が現れた。プロジェクターと同じ原理のようだ。


 問題は、そこに映った映像である。


《ふははははっ! よく聞け勇者とその眷属よ!》

「むむっ! おのれ魔王!」


 ケイが敵愾心を露わにする。こいつが魔王? このスタイル抜群の、アイドル系のお姉さんが? そりゃあ、確かに黒を基調とした服装をしているし、メイクもそれっぽいけれども。


《おや? 勇者・厄島憲治よ。我輩を女だと思って油断しているな?》

「へ? ああいや、普通こういう時って、もっと悪そうな屈強な野郎が出てくるもんかと」


 我ながら、意外なほどすらすらと言葉が出てきた。しかし魔王は、ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、玉座に座ったままその長い足を組み直した。様になってるなあ。


《貴様の趣味趣向など構わぬ。朝が来るまでに、我輩の元に辿り着き、現世への扉を開かせてみせるがいい》

「タイムリミットは朝までだよ、憲治!」


 何故かケイが補足する。


《精々足掻いてみせるのだな、勇者よ! ふははははっ!》


 すると、あっという間に魔王の姿は消え去り、雲は散り散りになって、また明かりがさし始めた。


「何だったんだ、今の?」

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