【第四章】

【第四章】


 上腕に軽い痛みを覚えつつ、俺は再び立ち上がろうと試みた。しかし、すぐに体感が戻ってくるわけではないらしい。


「畜生……何なんだ、あの幼女……」


 口の中でもごもごと呟く。

 今の俺は、ケイに突き倒されたままの姿勢で、仰向けに大の字で寝そべっている。背中には柔らかな地面があり、草木の匂いがふわりと舞って、それを穏やかな風が吹き流していく。


「って、え?」


『そんなわけあるか!』――そう絶叫しそうになって、しかし同時に視界を覚醒させたことで、俺は軽いパニックに陥った。

 がばりと上半身を起こす。今度は上手くいった。が、胸中はそれどころではない。


 ここは見知った俺のアパートの部屋ではない。どこかの森の中の空き地だ。雰囲気からして、北欧の方の森林だろうか。行ったことはないけど。


 だが、それは些末な問題だ。重要なのは、俺がいつの間にか、ここまで運ばれてきて、しかもそれがどこなのかサッパリ分からない、ということである。

 しかも、今はちょうど真夜中らしい。木々が生い茂っているため『森の中』であるとは察せられたが、視界はあまり利かない。


「うっ……」


 俺は思わず身震いした。

 怖い。堪らなく怖い。

 暗い。寒い。こんな状況に陥るなんて、一体どうしたことか。


 俺はあたりを見回し、愛用のノートパソコンの姿を探した。ネットだ。ネット環境があれば、少しは落ち着ける。が、当然ながら、そんなものは視界の利く限り、目に入らない。


「だったらスマホだ!」


 ズボンのポケットに手を突っ込む。しかし、


「んあ?」


 ポケットがない。正確には、着用している衣服が違う。鏡でもあればよかったのだろうが、それもない。だが、動きやすく、機能性の高い服装であることは分かった。


 今はどうでもいい。問題はスマホである。着替えさせられたのだとしたら、スマホは抜き取られた可能性が高い。

 敵の狙いは何だ? 金銭目的? 個人情報の漏洩? ウィルスの拡散? それを達するために、あのナース服姿の幼女がこんなトラップを俺に仕掛けてきた、ということか?


 いやいや、それにしては手が込みすぎている。

 では、考えられる可能性は何か。きっと、俺は何らかの目的のために孤立させられたのだ。

 この木々の生い茂る山の中で。


 ぞわり、と全身が振動した。再び襲ってくる、『夜』という現象に対する恐怖。

 俺は一旦立ち上がり、しかしあまりにも非情な現状を認識できず、再びへたり込んでしまった。


 その時だ。背後で何かが蠢いたのは。


「うわあっ!」


 今度は胸中のみならず、口から悲鳴が飛び出した。ざわざわと草木を鳴らしながら、『何か』が近づいてくる。


 何だ? 熊か? 象か? まさかのコモドドラゴンか?


 俺は逃げるべく立ち上がろうとして失敗、画面から泥に突っ込んだ。


「ぶへっ!」


 頼む、命だけは助けてくれ。俺を見逃してくれるなら何でもするから……!

 そう思ってぎゅっと目を閉じる。その時聞こえてきたのは、この状況に全く不似合いな、お気楽な声だった。


「あ、いたいたぁ。憲治、大丈夫?」


 草木をかき分けて出てきたのは、誰あろう件の幼女、ケイだった。

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