【第三章】

【第三章】


「ぐは……はあ……」


 ペタンとへたり込んだ俺に抱き着くような格好で、幼女は部屋に飛び込んできた。

 って、これでは俺が不審者ではないか。


「あー、寒かったぁ」

「寒かった、じゃねえ! 離れろ!」

「そんなぁ、ツンケンしないでよぉ」


 まあ、確かに誰に見られているわけでもないし。いや、そういう問題ではない。しかし俺も健全な一般男子学生なわけで、こんな間近で美幼女を眺められるとあっては、目線を逸らすのはなかなかに困難だった。


 日本人離れした、しかし親近感を覚えさせる青い瞳。ふっくらとした、あどけない唇。背中にすらっと流された白銀の長髪。精緻な西洋人形のようだ。

 甘さと薬品臭を合わせたような、不思議な匂いが鼻腔を占める。


「あれぇ? 私のこと、ちょっとだけ可愛いって思ったでしょ?」

「ああ……。え?」

「うわー、ロリコンだぁ」

「だから違うっつってんだろ!」


 口頭で否定したのは初めてだけど。


「さぁ、ようやく会えたところで!」


 そう言って、幼女はぴょこんと腰を上げた。


「私の名前は、ジリツシン・ケイ!」

「何? 自律神経?」

「そうそう! ケイって呼んで!」


 はあ。さいですか。


「その自律神経さんが、俺に何の用だよ?」

「逆に訊くけど」


 ようやく立ち上がった俺に向かい、ケイは上目遣いで視線を合わせてきた。そして一言。


「――今日はどれだけ薬を飲むつもりなの?」

「ッ!」


 俺は思わず、片足を引いた。


「な、なな、何を言ってるんだ?」

「知ってるよぅ、厄島憲治! 毎晩毎晩眠れなくて、オーバードーズしてるんでしょ?」


 何故、と問い返す余裕はなかった。

 オーバードーズ――薬局で処方された薬剤の過剰摂取。俺のルーティンになってしまった悪癖にして、俺の精神を保たせるための切り札。


「やっぱりねぇ。そうだと思ったよぅ!」

「お、お前、俺を見張ってたのか?」

「人聞きが悪いなぁ! うん、そういうことだよ」

「認めるなッ!」


 すとん、と手刀をケイの頭部に叩き込む。きゃぅん、という可愛らしい悲鳴が響く。


「大体、お前は何者なんだ?」

「まあまあ、細かいことは置いといて」


 細かくねえ! と俺は再度腕を掲げた。が、ケイは思いがけない挙動に出た。

 頭から俺の腹部に突っ込んできたのだ。


「ぐはっ!」


 完全にノーガードだった俺は、呆気なく突き飛ばされる。同時に後頭部に鈍痛が走った。テーブルにぶつかったらしい。


「いてぇ……」


 俺は両の掌を床に着き、『何しやがる!』と怒鳴りながら上半身を起こす。はずだった。

 あれ……? 身体が動かない……? 


 自分の眼球と脳みその間で、お星様が煌めいていた。ええい、打ちどころが悪いとこんなものか!


「ちょっとチクッとするけど、我慢してねぇ」


 語尾にハートマークが付きそうな口調で、ケイがそう言った。

 それを認識したのを最後に、俺の意識は白濁し、ぷつん、と音を立てて切断された。

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