そして、俺の物語は始まった
「と、そういう訳で俺はここにいたんだ。長い話になってすまないけど、誰かに聞いてもらえて、正直嬉しかったよ」
「いえ、大変興味深いお話でした。こちらこそ、ありがとうございます」
俺は事故現場で見知らぬ女の子にこれまでの経緯を話していた。
目を閉じてから、いつまで経っても何の変化も無くおかしいなと思い始めた頃、いきなり声をかけてきたこの子に、求められるまま思い出話をした。
初対面の人にこんな話をするのもどうかとは思ったけど、この子にも言った通り、誰かに自分の話を聞いてもらえるのは、やっぱり嬉しい。
何より、幽霊である俺と普通に会話ができるこの子に興味をそそられたんだ。
目の前の女の子は、俺よりも頭一つ分小さく、ずっと俺を見上げている。
きりっとした綺麗な顔立ちだけど俺より年上ってことはないだろう。高校生か、中学生かな。
服にはフリルやリボンがふんだんにあしらわれてて可愛らしさがあるけど、背中まで伸ばした黒髪と併せて、肌以外の全身が真っ黒なのは少し異質を感じた。
女の子は落ち着いた調子で続ける。
「一つだけ、質問をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「お、おう」
「……貴方はまだ、カナタさんのことが好きですか?」
「それは」
女の子は出会ってから変わらず、俺を見つめている。動かないその表情からは、質問の意図が読めない。
「そうだな、何て言えばいいのかな。……好きじゃないとは言わないよ」
冷めてしまったわけじゃない。
でも、いくらお互いに想い合っても、カナタはもう俺と会うことはできない。それでまた悲しい思いをさせてしまうくらいなら、この気持ちは忘れるべきなんだ。
「でも、俺とカナタの話はこれでお終いなんだ。カナタが幸せになってくれるなら俺のことは忘れていいと思うし、あいつはもう大丈夫だって信じてるから、俺が心配することは何もないよ」
「……結構です」
そう言って、女の子は少し黙った。何か考えているのか、顎に手を添えて目を逸らした。
「……ふふ」
ん?何だ、今の声?女の子の表情は相変わらず動かないけど、気のせいじゃなければ、ひょっとして笑ってる?
女の子はまた表情を消し、再び俺に向き直った。
「ご推察通り、貴方はこれから消えます。それは、そう、貴方が未練を断ち切ったからです」
一歩俺に近づいて顔を寄せてくる。綺麗な顔をしてるけど無表情なもんだから、美少女っていうより美少女の人形に話しかけられてる気分だ。
「ですが、それを回避する方法があるとしたら、どうします?」
「……は?」
突然言われた内容は、あまりにも想像の外すぎてすぐには理解できなかった。
「簡単なことです。もう一度、この世に未練を残せば良いんですよ」
「え?えっと……、え?」
女の子は胸を張り、俺に、衝撃的な導きの言葉を放った。
「
「……」
しばしの静寂。そして、
「……はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」
「あら、何かご不満でも?こんな美少女でも満足出来ないなんて贅沢な方ですね」
「いやいやいや!何言ってんだあんた急に!初対面でいきなり惚れろとか、無茶言うな!」
「無茶ではないでしょう?かつての想い人にはもう気持ちは無いのですから、問題無いではありませんか」
「それとこれとは話が別……」
「ご安心下さい。前の女など、すぐに忘れさせて差し上げます」
「俺に何をするつもりなんだ」
「さぁ、そうと決まれば早速参りましょう。これからは、お互いのことをもっとよく知らなければなりません」
「何も決まってないし、俺のことはさっき話しただろ」
「いえいえ、愛し合う者としてはもっと睦言を交わさなければ。差し当たって、恋人らしく特別な呼び名を決めましょう。貴方のことはルカさんとお呼びしますね?」
「そんなあだ名は初めてだよ……。そういえば、あんたの名前聞いてなかったな」
「私のことは気軽に、ご主人様とお呼び下さい」
「その愛し方歪み過ぎだろ!」
そして、俺の物語は始まった。
俺の幸せな人生はハッピーエンドを迎えたから、つまりこれは第二章だ。
今度はどんな結末を迎えるのか、それは終わってみないと分からない。先のことが分からないのは生前も死後も同じだ。
ならば、せめて望んだ結末を迎えられるように、精一杯頑張ろうじゃないか。終わった時に、後悔しないように。
たくさんの人との思い出を胸に、
たった一人の人と共に、
俺は今、終わりの見えない道を歩き始めた。
終わり
ハッピー・エンド 沖見 幕人 @tokku03
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