エピローグ 俺の人生は、ハッピーエンドだ

 カナタの家を出て、俺は歩いてた。

 目的地は決まってる、俺が轢かれたあの路地だ。

 まだ深夜の時間帯で、どの家にも灯りは無く、町全体が寝静まっていた。偶然だけど、あの日もこのくらいの時間だった。最後がここってのも、運命的だよな。

 そう、最後なんだ。

 残したままの後悔を終わらせて、俺は未練を断ち切った。

 多分、俺が幽霊になった理由はそういうことなんだ。未練があるから、それを果たすために幽霊は残る。だから俺も、こうして残ったんだ。

 今まで何もかも中途半端にしてきたけど、やっぱりそれじゃ駄目だってことも分かってた。

 姉ちゃん、アツシ、カナタ。俺の心に一番強く残った未練をきちんと終わらせるために、神様とか運命とか、そういう見えない何かが俺をここにいさせたんだと思う。

 そして、俺は終わらせた。

 自分の中に残った皆への気がかりに、きっちり幕を下ろしたんだ。


 姉ちゃんは、夢を叶えるために脇目も振らず頑張って、格好いい姉ちゃんでい続けるだろう。

 アツシは、これからも毎日を面白おかしく過ごして、人知れず世界を変えていくんだろう。

 カナタは、いつか俺以上に好きになる男と出会って、そいつと幸せになってくれるだろう。


 でも結局のところ俺が不安に思ってたのは、自分のことだったんだ。

 俺が死んでも何も変わらない、俺が生きてた証がどこにも残ってないってことが、本当は怖かったんだ。

 ところが実際に見てみれば、皆それぞれに俺の死を悲しんでくれてた。悲しませたのは悪いと思ってるけど、でもそこから立ち上がらせたのは、俺との思い出だったんだ。

 俺はそれを確かめて、自分の死を受け入れることができた。

 俺は、皆の中に何かを遺せてたんだな。


 死者は遠く、手の届かないところへ行き、生者とは永遠に別れる。

 その壁は決して越えることはできない。死者と生者は決して交わることはない。もう二度と、想いを伝えることはできない。

 だから生きている人は『残される』んだ。

 だけど、人は『遺す』こともできる。

 それは時に、死んだ人から生きている人へのメッセージになる。生きていた頃に過ごした時間や人間関係、その中で積み重なった思い出。そういうのを思い起こす度に、死者と生者は再び対面する。

 だから俺がこれから行く所は、天国や地獄じゃない。皆の思い出だ。

 俺が遺した、皆との生きてきた証の中へと、還っていくんだ。

 そうやって考えている内に、気分はますます落ち着いてきた。

 服を着替えて、ベッドに入って、目を閉じて眠る、そんな気持ちだった。


 恐怖は無い。

 後悔も無い。

 俺の幸せは、ここで終わるけど。


 俺の人生は、ハッピーエンドだ。


 そして、俺は俺を終わらせる。

 シロ、ヨシヒコ叔父さん、じいちゃんと同じ所へ、皆の思い出へと還っていく。

 達成感と満足感に包まれながら、俺は目を閉じた。

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