第三話(3) 最期は笑って見送るよ

 家に帰ってみると、姉ちゃんと父さんがテレビを見ていた。我が家でお馴染みの旅番組だ。

 二人は缶ビールを飲みながら、話をしていた。

 二人の声に沈んだ感じは無い。どこにでもある、親子の団欒。あの暗い食卓は、もうここには無い。

 特に姉ちゃんは、俺が生きてた頃の雰囲気にほとんど戻ってた。これからの予定を楽しそうに話す姉ちゃんの姿に、俺は心から安心したよ。

 父さんが小さく笑って問いかけた。

「……何だか、急に元気になったね」

「ん、そう?」

「この間まで家にも帰らないで遊び歩いていたのに、突然『旅に出る』だもんなぁ。驚いたよ」

 旅、か。ヨシヒコ叔父さんと同じように、ってことなのかな。

 あの時の会話がきっかけ、ってわけじゃないんだろうけど、突然そんな事を言われた父さんと母さんは驚いただろうな。

「いや、ちゃんと説明したでしょ?将来の目標ができた、って」

「何か、あったのかな?」

「……あぁ、うん。思い出したからね、前にハルカから言われたこと」

「ハルカから?何て?」

「『生きてれば何でもできる』ってさ。言われた時は、生意気なこと言いやがって、としか思わなかったけど、なんだろ、今になって思い返せばいいこと言ってんなー、と思ったわけよ」

「生きてれば、か。そうだね、ハルカにだって将来の夢くらいあっただろうに」

「いや、あいつは何も考えてなかったよ。頭の中までグータラだった」

 人の頭の中まで決めつけるなよ。確かに、夢とか目標とかよく分かんなかったけどさ。

「っつーか、勘違いしないでほしいのはさ、別にハルカのためにどうこうしよう、ってんじゃないから。あたしが思う格好いいあたしは、考える前に即行動、だからさ。それを思い出すきっかけがたまたまハルカに言われた事だっただけ」

「そうか。何であれ、動き出せるようになったのは良いことだね。ハルカも安心してるんじゃないかな」

「うーん、どうかな。案外、あたし達のことなんて忘れて、死後の世界ってのを楽しんでるかもよ?」

「……あっはは、子供が幸せなら、親はそれだけで満足なのさ」

 父さんは笑いながら、目元を拭った。その涙の意味を、想像するのは止めておいた。

 親の幸せを願わない子供も、いないのさ。

 それから、父さんは寝室に戻って、姉ちゃん一人になった。

 煙草に火を点けてビールをちびちびやりながら、ぼそぼそと独り言を始めた。

「まぁ、思い出せることは色々あるけどさ。やっぱり、あの言葉は忘れられないねぇ」

「俺に対する数々の悪行は、綺麗さっぱり忘れてんのかよ」

「ホント、人間死んだらそれまで、ってことかな」

 無視かよ。いや、聞こえてないのか?よく分からないな。

「寂しい話だよねぇ。死んだヤツに会えるのは思い出の中だけ、ってか」

 姉ちゃんは缶を思いっきり呷って、ぽつりと呟いた。

「化けて出てくれれば、せめて、声ぐらい聞ければいいんだけどねぇ」

「……」

 姉ちゃんの言葉に、俺は声も出せず、ただ姉ちゃんを凝視していた。

「んー、やめやめ!思い出も感傷も、そういう後ろ向きなのは無し!あたしはやっぱり前を向かなきゃね、っと」

 大きく伸びをして、姉ちゃんも部屋に戻っていった。俺も我に返って、慌てて姉ちゃんの後についていった。

 姉ちゃんがとんでもないことを言った気がしたんだ。俺の推測を根っこからひっくり返すような、重大なことを。

 気のせいであって欲しいと思いながら、不安を晴らすために俺は姉ちゃんに声をかけた。

「姉ちゃん、あの時の俺の言葉、届いてたんだよな?」

「……」

「姉ちゃん、俺の声聞こえるか!?なぁ、姉ちゃん!」

「……」

 何だ?届いてない?今は二人きりだし、俺は間違いなく、心の底から確かめたいと思ってることを聞いてる。これが声を届かせる条件じゃないのかよ?

 姉ちゃんは何の反応も示さず、部屋に入っていった。

 閉じられたドアが俺を拒絶しているように感じて、結局何も言えなかった。


 自分の部屋で床に座りながら、考えてみた。

 姉ちゃんの言葉は、まるで今まで俺が見えてなかったと言ったように聞こえた。

 まさか姉ちゃんにとってあれは、一人で将来への不安を零しながら、一人で立ち上がった、ってだけなのか?

 いや、でも、考えてみればあれが独り言だったとしてもおかしくはない。ちょっと盛り上がりすぎだったけど、そうじゃなく、例えば俺が無言だったとしても成り立っていたというか。

 そもそも目が合ったのだって、俺は真正面にいたんだから、ただ顔を上げるだけで俺を見る体勢にはなる。

 すると、アツシもそうだったのか?明るさを取り戻して安心してたけど、あれだって同じことだ。会話になってるように感じてたけど、そうじゃなくても成立する。

 それに、姉ちゃんは言ってた。「思い出した」と。

 けど、どうなんだ?俺が考えた言葉を同じタイミングで思い浮かべる。そんな偶然、あり得るのか?たまたま俺が考えついた言葉をまるきり一緒に。

 ……いや、待てよ?たまたま考えついた?

 そして俺は立ち上がった。

 自分の推測を頭の中で整理して、辻褄が合うかどうか確かめた。間違いない、とは言い切れないけど、あり得なくはない、くらいには自信が持てたんだ。

 それなら後は、行動あるのみ。

 姉ちゃんとは違って、考える前に、とはいかないのが情けない。けど、いいじゃないか、これが俺らしさだ。

 悩むし、立ち止まるし、後ろを振り返ったりもする。

 でも、ちゃんと進むんだ。

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