第三話(2) 最期は笑って見送るよ

 カナタとは、いわゆる幼馴染だな。

 家が近所だったから、小さい頃はほぼ毎日一緒に遊んでた。

 けど、小学生になってクラスのやつらにからかわれて、俺も男子と遊ぶ方が楽しかったからカナタの誘いを断ったんだ。

 で、泣きながら顔面を殴られた。カナタとの上下関係がはっきりした瞬間だったな。

 それからは毎日が二日に一回になって、そのペースは大体今でも変わってない。

 よく笑い、よく泣き、よく怒る。

 感情がストレートに全開で、それでいて気遣いもできるから、女友達は多く、男子の中でも人気は高かった。いつしか俺もその中の一人になってた。

 うん、俺は、カナタのことが好きだったんだ。


 こんなのは、想像してなかった。

 もしかして俺が死んだことを悲しんで泣きまくってんのかな、とかその程度だ。こんな、こんな痛々しいカナタなんて考えたこともない。

 カナタは、またメールに戻った。また、無と喜の繰り返し。何度も送受信を繰り返しては表情を変えていた。

 手元を覗くと、やっぱり、同じ文面がそこにあった。文面は、俺の書き方とよく似てたよ。

 つまりカナタは、どうにかして俺の携帯を手に入れ、自分の携帯からメールを送り、俺の携帯で自らに返信を送っていたわけだ。

 意図は分かったけど、意味が分からない。電話も多分同じだと思う。俺の携帯にかけて、ずっと独り言を喋ってたんだろう。服については言わずもがな、だと思う。

 本当に、訳が分からなかった。俺の知ってる姿からはかけ離れた大切な人の奇行に、俺は現実感を失くしていた。それこそ、自分が死んで幽霊になったことより信じられなかった。目の前にいるのは本当にカナタなのか?って疑いもした。もう混乱し過ぎて、ほとんど何も考えられなかった。

 だからこの時考えてたのは、とにかくどうにかしなきゃ、ってただそれだけだったんだ。

「カナタ!何やってんだ、しっかりしろ!」

「ハル。ハル。ハル……」

「おい、カナタ!」

「……」

 駄目だ、届いてない。なんでだよ。姉ちゃんの時もアツシの時もちゃんと届いたのに。カナタには話したいこと、いっぱいあるのに。

 ……あの時、俺がちゃんと伝えてれば、こんなことにはならなかったのか?

 ここで、俺は思いついた。俺が言葉を届けられる条件だ。

 姉ちゃんの時、アツシの時、俺は心から伝えたいと思って言葉を投げかけた。姉ちゃんにもアツシにも、伝えなきゃいけないと、本気で思ってたはずだ。それなら、俺の本心、カナタに伝えたかった言葉なら届くはずだろ。

 蹲ってるカナタを正面に捉えて、俺は言えなかった、言いたかった気持ちをカナタに届けた。

「カナタ。俺はカナタのことが好きだ」

 ゆっくりと。

 ゆっくりとカナタが顔を上げた。

 その目は、泣いていたのか真っ赤になってたけど、確かに俺を見つめていた。

 信じられないものを見ているような、驚きの表情だったと思う。

「ハ……ル……?」

「ずっと言えなかったけど、どうしても言わなきゃと思ったんだ。これが、俺の気持ちなんだ」

「うん、……うんっ。私も、好き!ずっとずっとハルのこと大好きだったよ!」

 よかった、ちゃんと届いた。これなら説得できるかも知れない。

 気持ちを伝えても、死んでしまったことは変わらない。その事実を頭の隅で思いながら、それでも、今のカナタを救うことを優先して寂しさを押さえつけた。

「……なぁ、カナタ。お前の気持ちはすごく嬉しいよ。でもさ、俺は死んだんだから、その、俺のことは忘れて、」

「そうだよね、やっぱりハルはここにいたんだよね。もうどこにも行かないで。これからは、今まで通り、ずーっとずーーっと一緒だよ」

「いや、でもな、いつまでも死んだ人間のことを引きずるのは」

「うんっ、ありがとう!いつまでも一緒にいようね。えへへ。私、ハルがいれば寂しくないよ。ハルさえ居てくれれば、何もいらないよ」

「……カナタ?」

「あ、確かに。せっかく恋人同士になれたんだから、そういうのしたいよねー。……ハルの行きたいとこでいいよー。私は、どこだって、ハルが居るならいいんだもん」

「おい、カナタ?俺の話を」

「……うん。私も大好きだよ。えへへ……」

 カナタは何も無い空間を見つめたまま、何かに対して話し続けてた。

 涙を流しながら健気に笑ってたけど、その笑顔は俺には酷く歪に見えた。

 俺の言葉は届かず、俺の気持ちは伝わらず、俺の未練は果たされず、カナタは壊れていきながら俺への愛を吐き出し続けていた。

 俺がずっと欲しかった言葉は、呪いのように俺の心を痛めつけていた。

 どうしてこんなことになった。

 そんな疑問ばかりが、頭の中で回っていた。


 それからどれくらい経ったのか分からないけど、気付いた時にはカナタは眠っていた。

 何の前触れもなくいきなり動かなくなった。小さな寝息が聞こえて、かろうじて眠ってるのが分かった。

 俺はといえば、動揺して、混乱して、止まったままのカナタと同じようにその場で動けないでいた。

 誰かに嘘だと言って欲しかった。これは夢で、もしくはカナタの冗談で、今目の前で起きたことは現実じゃない、と種明かしをして欲しかった。

 一方で、これは紛れもない現実だと認めてる俺もいたんだ。カナタは病んでいて、その原因は俺の死だ。俺のせいだ。

 じゃあ、どうすればいい?どうにもできない。どうしようもない。好きな人の痛ましい姿なんて見たくない。ならば、見なければいい。

 とりあえず、今できることはないな。

 そうやってなんとか自分をなだめて、伝えたい色んなものを飲み込んで、俺はカナタの部屋を出た。つまり、逃げ出したんだ。


 外に出て、あてもなく歩いた。

 寒さは感じないはずなのに、この時は確かに寒かった。冷たい夜風も、それに揺らされる木の音も、嫌に耳について鬱陶しかったな。

 ただ足を動かしてただけなのに、いつの間にか俺の家に向かって歩いてた。いくらか遠回りしたみたいで、通学路の途中に差しかかった。

 朝、家を出てカナタと合流して、少し話しただけですぐに学校に着いてしまう。

 帰りにはたまに寄り道をして、あっという間に日が暮れたりしてた。

 カナタはずっと笑顔で、別れ際にも「また明日」って、明日が来ることを全く疑わない調子で手を振ってた。

 それから、それから。

 カナタの笑顔を思い出す度、さっきの歪んだ笑みに塗り潰される。明るい記憶に影が差し込んで、世界全体が揺らいでいくような気がした。

 どうにかしなきゃなんて考えてたけど、本当は俺自身も分かってたんだ。

 どうしようもない。俺には無理だ。だから諦めよう。今まで通り、投げ出そう。そして、また次のことを考えていよう。俺には時間がたくさんあるんだから。


 違う、そうじゃない。


 確かに今までは、何をするにも中途半端だった。

 でも、俺は死んだ。

 何も終わらせられなかった俺は、終わったんだ。

 なら今度は、終わらせる俺を始めよう。

 ちゃんと向き合って、投げ出さない俺でいよう。

 カナタの抱える苦しみを、きっちり綺麗に終わらせてやろう。


 今度こそ、俺の気持ちを届けるために。

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