第三話(1) 最期は笑って見送るよ
「そんなに泣くほどかなぁ?」
「泣くよっ。だって、ずっと好きだった人が死んじゃったら悲しいでしょ!」
「いや、映画の話だし」
「も~、分かってないな~。こういうのは自分に置き換えて考えるんだよ」
「……うん、そりゃまぁ、悲しいけど」
「なに?そのリアクション。ひょっとして、人が死んでも何も感じないぜー、とか?」
「そんなことねえよ。誰かが死ぬのは悲しい、って思うさ」
「どーだかなー。ハルってば、いっつもボーっとしてるしさー、なんかあんまり感情出さなそうなんだよねー」
「そんな風に見えるのか?」
「……私が死んだりしても、泣かないんだろーな」
「うん、泣かないつもり」
「ちょ、何それ即答!?それは傷つくよ!」
「いや、悪い意味じゃなくてさ。これは俺のじいちゃんから聞いた話なんだけど、人は死んだら」
カナタのことを聞いてから、何も考えずに俺は走り出してた。目的地は当然カナタの家だ。
葬式の日から出てこないって、不登校ってことか?どうしたってんだよ。そもそも俺が死んでから何日経ってるんだ?冬休みは挟んでるみたいだから、確実に半月はその状態だよな。場合によっては出席日数とか危ないんじゃないか?なんでそんなことになってるんだ。これも、俺のせいなのか?俺が死んだせいなのか?
考え始めるとどんどん悪い想像が膨らんで、ますます急いで走った。大体の方向は分かってるから、他人の家も無視して通り抜けていく。
無我夢中で走ってたけど、それでも速度は変わらなくて、もどかしさと焦る気持ちで胸が苦しかったな。
なんとかカナタの家の前に着いて、でもそこで俺は少しの間足を止めた。一度落ち着こうと思ったんだ。
今の俺が、理由は分からないけど閉じこもってるカナタに、一体何をしてやれるのか。これまでの経験から考えて、壁抜けと、条件付きだけど声をかけるのはできそうだ。それなら何かやる気が出る言葉を言えばいいのか、結構単純だからなカナタのやつ、なんて考えてた。
はっきり言って甘かった。やっぱり、俺は何も考えてなかったんだ。
玄関を抜けて、階段を昇って、カナタの部屋を前にして、深呼吸。
何があっても落ち着いていよう、と覚悟を決める。
恐る恐るドアを抜けて、見た。
最初、そこには特に異常はないように見えた。
カナタの部屋には最近でもよく行ってた。
全体的に青系で統一された室内。テーブルの上にはファッション誌。机には教科書類。遊びと勉強は分けてやるやつだったんだ。
本棚に少女漫画と携帯ゲームのソフトが綺麗に並んでる。漫画もゲームも、俺とは趣味が合わなかったな。
ベッドの隅には子供の頃から持ってるクマのぬいぐるみとゲーセンのプライズ。
記憶通りのいつも通り。
そして、この部屋の主、カナタ本人もそこにいた。
「そうそう、昔一緒に行ったよねー。……そういえば、あそこにさ、今度新しいアトラクションができるんだって。それで、次の日曜日さ、その、……一緒に行ってみない?」
「 」
「違う違う、そんなんじゃないって!お父さんがチケット貰ってきたんだけど、ペアチケットで、もったいないから、しょうがないから、誘っただけなの!それだけ!」
「 」
「もぉ、分かればいいけどさ。……それじゃ、日曜日ね、絶対だからね」
「 」
「うんっ。また明日、おやすみっ」
誰かと電話してたのか。相手は誰なんだ?っていうか、引きこもりじゃないのか?俺の気にしすぎだったのか?
釈然としなかったけど、想像してたような悪い状態じゃなくて、俺はこの時ホッとしてた。
それから、カナタは携帯をいじりだした。メールみたいだった。相変わらずの高速指さばきで長い文章を作る。いつも通り、何もおかしいところは無かった。
なんだよ、全然平気そうじゃん。こりゃ、学校休んでるのも大した理由は無いのかもな。
そう思って、安心して、部屋を出ようとしたところで、メールを打ち終わったらしいカナタが携帯を閉じた。
すると、携帯のバイブ音が聞こえてきた。カナタのじゃない、ベッドの方からだ。
カナタは携帯をベッドから拾い上げ、またメールを打ち始めた。
その顔はゾッとするくらい無表情で、さっきまでの楽しそうな雰囲気は消えてたんだ。
さらによく見ると、その手に持ってる携帯は、俺のと同じ機種だった。
またしても、嫌な予感が湧いてきた。なんとなく部屋の気温が下がったような錯覚を感じてた。
メールを打ち終え、そして、カナタの携帯から着信音がなった。
すぐに確認して、照れたような、心から嬉しそうな、可愛い笑顔。
「もぉ、ハルったら、寂しがりなんだから」
……は?え、何だ?カナタは何を言ってるんだ?……あぁ、ハルってやつとデートの約束して、その後メールでもいちゃいちゃやってたわけだ。しかし偶然ってあるんだなぁ、俺もハルって呼ばれてたんだよなぁ。まぁ、珍しいあだ名じゃないしな。うん、あるある。
分かってる。俺は目を背けてた。
カナタのやってることとその意味に気づき始めて、正直、怖くなってた。
確認はしてないけど、きっと血の気が引いたような顔をしてただろうし、実際、足は震えてた。
カナタは本棚の隣のクローゼットから、男物の服を取り出した。俺の服だった。
それを抱きしめて、顔をうずめて、
「……ハル。すーっ、はあぁ、ハルぅ。あぁ、ハル、すーっ、はぁ、あぁ。ハル、ハル、ハル。明日も遊ぼうね。明後日もだよ。その先も。その先の先も。ずーっと一緒。ハルと私はいつでも一緒にいるんだもんね。私達は絶対に離れない。だからハルはここにいる。ハルの臭い。ハルの体温。ハルの感触。ハルはここにいる。ここにいる。ここにいる。ここにいる。ハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハルハル。
……大好き」
カナタは、病んでいた。
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