第二話(2) お前は俺のヒーローだ

 さて、俺には学校へ来て一つ思いついたことがあった。

 小中高と学校に通ってきて、どこにでもあった全国共通の話題。

 そう、怪談や七不思議だ。

 これまで俺は、幽霊や妖怪の存在を全く信じずに生きてきたけど、今や俺がそっち側だ。そうすると、他の幽霊なんかも実はいるんじゃないか、と考えてた。

 昨夜外にいた時には会えなかったけど、いわゆる心霊スポットに行けば出会えるんじゃないか、って訳だ。

 もし会えるのなら話をしてみたい。幽霊になった俺にできることできないこと、これからどうなるのか、知りたいことは色々あった。

 まずは、この学校の怪談を思い出してみた。と言っても、俺が知ってるのは、七不思議じゃなくいくつかの噂話程度だけど。

 でもまぁ、実際にいるかどうかも分からないし、ダメで元々、気楽に人気のない校内を楽しむつもりで行くか。

 というわけで、真昼の校内一人肝試しの始まり始まり。

 ……なんか寂しいやつみたいだな。


 まずは定番のトイレ。教室棟から離れた、部室棟のトイレへ向かった。

 部室棟は校門から見て敷地の奥にあって、教室からは校舎が壁になって見えなくなる。授業中のこの時間に用があるやつなんていないから、人気は全くないんだ。

 渡り廊下を通って中へ入る。廊下を歩いていくと、一番奥に目当ての場所があった。

 俺は少し迷って、男子トイレに入った。お馴染みのトイレの花子さんは女子トイレってイメージだけど、いくら見えないからって、流石に女子トイレに入るのは気が引けたよ。

 中に入ると、驚いたことに個室が一つ埋まってた。

 いきなり当たりか、と思ったけど、すぐに分かった。個室の壁と天井の隙間から漏れてる煙。煙草だ。

 授業を抜け出して隠れて煙草を吸ってる不良がいるんだな。確かにここは、授業中なら教師も来ない、絶好のサボりスポットなんだ。

 出ようかと思ったけど、ちょっとイタズラ心が湧いた。

 閉まってる個室の扉に近づいて、顔をすり抜けさせた。

 中にいたのは、制服を着崩してはいたけど、意外と幼い顔立ちの男子生徒だった。そいつは不味そうに煙を吐き出して、ふっと顔を上げた。

 思いっきり目が合って、思わず固まってしまった。

 いや、俺は見えてないのか、と一歩踏み出した瞬間、

「わああああああああっ!!!」

 いきなり不良少年が叫びだした。何だ何だ、と思ってると、

「出たっ!出たぁっ!本当に出たぁ、ああぅごめんなさいごめんなさい何も見てません何も見てません!うああぁ」

 え?俺?俺が見えてんの?

「なぁ」

「ひいぃっ」

「なぁ、おいって。お前、俺が見えてんの?」

「あわわわわ、なんまんだぶなんまんだぶ……」

 パニックになってた。ほとんど、つーか完全に泣いてた。

 必死に念仏を唱えるプチ不良からは話を聞けそうになく、俺は仕方なくその場を離れた。

 トイレから出たところで、後ろから不良少年が出てきた。怖々と周りを伺いながら。

「なぁ、お前見えてるんだろ?聞こえてるんだろ?」

「……」

「?なぁってば」

「……いない」

 あれ?

 そいつは見て分かるくらい震えながら、でも急いで部室棟の入り口へ向かっていった。

 さっきまではビビりながらも俺が見えてたはずなのに、今度は普通に俺の横を通り抜けやがった。

 さっぱり意味が分からなかった。分からなかったけど、考えても答えは出ないから、とりあえず場所を変えることにした。

 女子トイレに入るのは、まぁ、うん、止めておいた。


 次は校庭脇の体育用具室。

 窓が小さい上に一つしかないから、暗くてほこりっぽくて、これまたいかにもな感じなんだ。

 ちょうど授業が終わるタイミングらしく、サッカーをやってた女子が片付けをしてた。

 体操着。太もも。特に意味は無いから、気にしないでくれ。

 すると、片付け遅れたらしいド派手な胸囲の女子が一人、用具室へ入っていった。

 一人で片付けなんて大変だ心配だな、と俺の紳士の心が騒いだもんだから、様子を見るために後に続いて、俺も用具室に入っていったんだ。……そんな目で見るなよ。

 外はよく晴れて明るいのに、やっぱり中は薄暗かった。

 巨大女子は暗さに目が慣れてないのか、ボールを持ったまま室内をうろうろしていた。

 俺も暗くてよく見えないから、もっと近づいて観察しよう、と足を動かす。すると、

「あ、すいません、今片付……け……」

 巨大女子がこっちを見ていた。

 用具室内にはその子と俺以外に誰もいない。つまり、俺?

「っきゃあああああああ!!!」

 思わず耳を塞ぐほどの悲鳴を上げて、物凄い勢いで巨大女子は外へ走り出た。

 おぉ、巨大なものがばるんばるんと揺れている。

 うっかり見とれてしまって、俺は話も聞けず、一人用具室に取り残されてしまった。


 その後も、体育館、音楽室、理科室と思いつく限りの「出そう」な所を回ってみたけど、全て空振りだった。

 人はいるけど、幽霊はいない。当然だけど、フィクションはやっぱりフィクションだった。


 それから、昼休みになると、噂が聴こえてきた。

「なんかー、部室棟のトイレに生首が出たんだってー」

「えー、何それこわーい」

「C組の男子が見たんだってー。でもそいつ、サボって煙草吸ってたのがばれて、職員室に呼ばれたんだってさー」

「えー、何それうけるー」

 あらら、可哀想に。

「おい、体育用具室の地縛霊の話、聞いたかよ」

「おぉ、聞いた聞いた。B組の女子が見たってやつだろ?」

「そうそう。入り口を塞ぐように、じぃっと見てたんだってよ」

「いいなー!俺もあの巨乳を眺めまわしてぇ!」

「なー!」

 ……んー、まぁ、なんというか。図らずも噂にリアリティを与えてしまった、というか。なんか、後でまずいことにならないだろうな?

 でも、この騒動で一つ分かったことがある。

 それは、俺の存在を感じるには条件がいる、ってことだ。そんなに外れてはないと思う。

 多分、人気がない所、もしくは相手と一対一でいること、ってのが条件なんじゃないかな。

 そう考えると、トイレでのことも体育用具室でのことも、それから姉ちゃんの部屋でのことも納得できた。

 あの時、姉ちゃんにはやっぱり俺の声が届いてたのか。それなら、幽霊になった俺にもできることがあるんじゃないか。壁抜けなんていう泥棒スキルじゃなく、会話によって積極的に誰かと関われるんじゃないだろうか。

 そんな風に考えて、俺はかなりやる気になっていた。何をするかは考えてなかったけど、何かができる、それもこんなにファンタジックな状態で、というだけで生きてた頃よりも生き生きとしてたと思う。

 実際には条件に縛られてる分、自由度は下がってるのにな。

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