第五十話:逃走


「見逃してくれたかと思ったがシェルケンはその気じゃないようだな」


 タールは手元のレバーをバックに戻して、走行中の車を下げる。両脇から黒服の乗った車両が出たところで左の車両に車体をぶつける。最後に見えたのは急いでハンドルを切る黒服だったが、バランスを崩し高速度に足を取られて森の中へと消えてしまった。

 黒服の少女の言っていたことは正しかった。二階の倉庫には大量の能力発現剤ウェーペーナステークが置かれていた。そこまでもシェルケン達に気づかれずに侵入することが出来た。非常階段を下り、駐車場にあったキーが掛かったままの車にタールがエンジンを入れたところで気付かれて今に至る。

 左側の車両はドロップアウトしたが、右側はまだ健在だ。


「リーナの居る場所、こんな遠かったか?」

「車だから、遠回りしてんだよ。もうちょいで着くんだろうが」


 そんな話をしているうちに右側から追う車両の中からこちらに銃が向けられる。自動小銃の類だった。


「窓を開けてください!」


 シアの怒号に反応するようにタールは車両の窓を開ける。彼女はそこから身を乗り出して車体の方に手をかざした。一瞬は焦りを感じていたのか困惑の表情を浮かべていたタールも、彼女の意図を理解したかのようにその顔をニヤけさせた。


「吹き飛べ……!」


 右側の車のボンネットが跳ね上がり炎上する。かと思えば、次の瞬間車は爆発に巻き込まれて豪快に天へと飛び上がった。まるでハリボテの車でも飛ばしたように炎に包まれた車両はきりもみしながら森の奥へときえてゆく。少しすると重くて鈍い爆発音が再び聞こえた。

 爆破の振動が俺達の車まで揺らしている。興奮冷めやらないといった様子のタールが口笛を吹いた。


「まさかあんな豪快に吹き飛ぶとはな」

「それよりもリーナさんは見つかったんですか?」

「ここだ、止めて探すぞ」


 タールが車を停めると、俺はすぐに車から飛び出した。リーナのことが心配で仕方がなかった。周りの茂みに手当り次第分け入って探す。しかし、その声は全く反対の方向から掛かった。


「アレン、こっち」


 手招きするリーナを認めて、小走りで彼女のもとへ行く。


「大丈夫だったか? 怪我とかは無いか?」

「見つからないて良かった」

「ごめんな、一人にして……」

「ううん、約束通り戻ってきた。だから、いい」


 リーナはそう言いながらも俺の袖を強く掴んでいた。タールが温かい目線でこちらを見ながら、「よし」と言う。彼は車に戻って、ハンドルを握る。


「最後の仕上げと行こうぜ。俺達がシェルケンのクソ野郎の鼻を明かしてやるんだ」

「ああ、そうだな、まずは居留地まで――」


 言い掛けて止める。何か違和感があった。聞こえたその音はまるで紙に穴を空ける時のような音だった。目の前のタールが左肩に手を触れてその手が真っ赤に染まったのが見えた。タールは助手席に倒れ込むように身を伏せた。そして、叫ぶ。


「伏せろ!!」


 天を割くようなフルオートの銃撃音、車に当たった弾が跳弾して、複数の金属音が乱舞する。周りの木々や草花が不自然に振れていた。確かに良く考えれば基地からこれだけ近い場所なら車を使わずともすぐに上がってこれる。俺はリーナを抱きしめながら、車を遮蔽物とすべく走って移動した。

 車内のタールがドアの遮蔽を出ないように震えながら、後方に手を伸ばす。そこには倉庫から取ってきたPCF-99自動小銃とそのマガジンがある。彼は片手で肩を抑えながら、掴んだ銃一丁と適当な数のマガジンを俺達の方に投げる。


「粗方片付いたら、車を出すぞ!」

「その肩、大丈夫か?」

「大丈夫なわけねえだろ、馬鹿!」


 銃撃音の乱舞は断続的に聞こえていた。その恐怖にタールも身を縮こまらせる。


「でも、すぐには死なねえ! 心配するならさっさとあいつらを片付けろ!!」

「私がやります」


 俺がリーナを抱きしめて動けないことを見たシアは小銃を拾い上げる。マガジンを入れてコッキングレバーを引き、ボンネットの上に身を出してフルオートで弾をばら撒く。ばら撒きながら、俺の肩を叩いて車に入れと指示をした。

 それに従って頭を出さないように車の中へと入ってゆく。


「全員殺す必要は無いですよね?」

「まあ、そうだが何故能力ウェールフープを使わない」

能力者ケートニアーと言っても常に完璧に戦えるわけではないので」


 キリッとした目元は今では完全に仕事人の顔になっていた。忘れがちだが、シアは特殊部隊の訓練を受けているのだ。彼女は身をかがめてマガジンを取り替えて、またコッキングレバーを引く。今度はシェルケンの方からの銃声は聞こえず、シアは車の中に入り込んで合図代わりなのかタールの背中を押した。


「車を出してください。様子見しているうちに逃げないと面倒が増えます」

「いてて……分かった分かった」

「使える武器があるならそっちを使ったほうが確実なんですよ。能力ウェールフープなんかより」


 シアは言い捨てるように言う。依然散発的に銃声は鳴っていたが、フルオートで弾をばら撒くような銃声は聞こえてこなくなった。車のエンジンが力強い起動音を発する。タールは痛みに顔を歪めながらもアクセルを踏み込んで車を発進させた。

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