第四十六話:歪んだ協力関係


 森を抜け、安全そうな丘の上から村を確認する。どうやらシェルケン達は去っていったようだ。襲撃を受けたときの喧騒もシェルケン達の粗野な足音も聞こえない。俺達が村を訪れたときの生活感も、そこで営まれていた日常もその場からは消え去っていた。

 俺達が出たときには形が残っていた村も今ここから見ると焼け跡だらけになっていた。ここから見えるだけでも十人以上が地面に伏して動かなくなっている。

 横に付いてきていたはずのタールが居ても立っても居られないという様子で村の方に数歩進んで、止まった。睨めつけるような視線を村に向け、両手に拳を作っている。


「無実の人たちを殺して村を焼くなんて。やっぱり、シェルケンはクソ野郎の集まりだぜ」

「……そうだな」


 皆が皆そうではない、という綺麗事は今言っても無駄だった。かくいう俺も大分。予想していたというのに起きてしまった惨劇を目の前にして何も言い訳することが出来ない。

 リーナが気だるげな表情で村を見ながら呟いた。


「私のせい?」

「いや、誰も悪くない」


 彼女は首を傾げる。


「誰かが悪くても今更どうしようもない。祈ることしか出来ないんだ」


 シアは俺達とは少し距離をおいた石の上に腰をおろしていた。彼女は難しいことを考えているような顔で虚空を見つめている。ややあって俺たちのことに気づいたのか、灰色の目をこちらに向けてきた。


「死者を弔うのは後にしましょう。今は居留地に戻ることが先決です」

「それは……」

「彼らは身を挺して匿ってくれたんです。ある程度覚悟は出来ていたでしょうし、何よりここで止まっていては彼らが浮かばれません」

「……」


 真面目な顔でそう言われてしまうと反論も難しいものがある。確かに彼らはラッビヤの、イーストラルトの教えとやらに従って俺達を受け入れた。それが危険を伴うかもしれないことは覚悟していただろう。しかし、ここまで滅茶苦茶なことが起こっているとそう簡単に納得することは出来ない。どうしても良心の呵責が顔を出してくる。

 頭を振りながら、前を見た。このまま無駄死にしてたまるか。隣に立ち尽くすリーナのアンニュイな顔を見て、そう思い直した。


「そういえば」


 シアが言葉をついで言った。木の間を通る風が彼女の黒い長髪を撫でる。灰色の瞳がこちらを見つめた。


「“独立するまで闘争を続ける”と言ってましたけど、『独立』って誰のどこからの独立なんでしょう」

「シェルケンが独立するなんて聞いたこと無い」

「ラッビヤ人の独立ってことなんでしょうか? それでは“悪魔ドルムとでも契約する”というのはシェルケンと協力しているということでは?」

「容姿もリーナに似てラッビヤ人みたいだったしな。そうなってくると連邦人協力者の存在が国家の安泰に関わるのも理解できる」


 シアはこくりと頷く。

 考えられるシナリオは以下の通りだ。“連邦”は異世界と邂逅し利権拡大を目指してラッビヤ人を懐柔したり、居留区を作るなどした。しかし、独立を保つために一部は過激派大規模テロ組織――シェルケン・ヴァルトルと繋がって“連邦”に抵抗した。こうすれば、連邦軍に抵抗できるだけの近代的な武器やウェールフープがラッビヤ人の間に渡っていることも説明できる。

 しかし、それだと疑問が残る。


「なんで、自分の協力者のことを悪魔ドルム呼ばわりしてるんだ?」


 俺の疑問を代弁するかのようにタールは振り向いて言った。シアがそれを聞いて首を傾げた。


「シェルケンがラッビヤ人に協力するのも良く分かりませんね。彼らの真の目的は古典リパライン語の話者を強引にでも増やすことですから、“連邦”を撃退する力を与えるために古典リパライン語を使って技術を教えたりしてるのでしょう」

「さすが、言語保障監理官だな」

「お褒めに預かり光栄です」


 シアはにこっと微笑みながら言った。

 死にかけの言語を生かすには子供の頃から学ばせる必要など無い。技術、芸術、文学、言ってしまえば金と力、そういったものに目を眩ませれば人は勝手に言葉を学ぶようになる。言語翻訳庁隷下の職員としては悲しいが、人間とはそういうものだと思わざるを得ない。

 しかしまあ、この状況はシェルケンにとって好都合だったらしい。ラッビヤ人は独立を目指して闘争でき、シェルケンは邪魔な連邦を攻撃しながら古典リパライン語の影響圏を広げることができる。連邦が捕虜などからそれを察知して国家の大事と見なして情報統制を敷く。これで全てが繋がる。


「そういえば、強盗事件で連邦人が盗まれたものって何なんだ」

「えっと、詳しい物品は聞いてませんけど、確か医療関係者が襲われたって話がありましたね」

「もしかして能力発現剤ウェーペーナステークだったりしないか」


 タールがはっとした表情でこちらを見た。


「それじゃあ、全部あいつらのせいだってことか?」

「待て待て、全部まだ憶測に過ぎない。それに真実だとしてどうやって証拠を得るんだ」

「シェルケンの基地にでも潜入するとか」


 いきなり頭が痛くなってきた。そして、石の上に座るシアも疑問符が頭の上に浮かんでいるような顔でこちらを見ていた。


「違う村にお世話になることも出来なさそうですし、そもそもこれからどうするんです?」

「うむ……」

「やっぱり、シェルケンの後を追ったほうが良いんじゃないか?」


 タールは真剣な表情で言っていた。事実、今のところ手掛かりがあるのはそれくらいしか無いのだ。

 俺は難しい状況にため息をつきながら、腰に手を当てた。

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