第三話:打ち捨てられた少女


 居留地行政庁に行くのとは異なり、今回は時間が掛かっていた。だが、1サナローエシュ6キロメートルも行かないうちに車窓から見える風景はガラリと変わっていく。連邦が入植している中心地の発達は眼を見張るようなものだったが、少しでも郊外に行くと獣道の脇に申し訳程度の標識と建物がまばらにあるだけになった。タールはその移り変わりに何ら感情を抱かないようだった。彼の仕事柄良く見る風景なのかもしれない。聞こうとは思ったが疲れが祟って話をするのは億劫になっていた。

 しばらくそのまま走ってゆくと、変わっていく風景の中に段々と物騒なものが見え始めた。連邦軍仕様の機銃の付いた装甲車が何台か見える。その周りには野営のためなのかテントや簡易的な宿舎のようなものも立っていた。


「中心部以外はいつ誰に襲われるか分からない物騒なところだからな」

「難民キャンプが設置されているのにか?」

「だからだよ」


 ぼやくように答えると彼は顎で前を指した。進行方向に兵士たちが立っている。一人は手元には「止まれプスニスト」と書かれた板を持っていた。減速して止まると兵士が窓ガラスを叩いてきた。


「検問です。どこまで向かうんですか?」

「難民キャンプまで」


 タールを煩わせるまでもないと自分で答えるが、それを聞いた兵士は怪訝そうな顔をして「ちょっと待って」と言い残して他の兵士たちのもとに戻っていった。その瞬間、タールに肩を叩かれた。振り向くとこちらを睨みつける“タクシー”運転手の顔があった。


「おい、余計なこと言うんじゃねえよ」

「どういうことだ?」

「難民キャンプには面倒な奴らが集まってくる。牢獄か何かと勘違いして仲間を救おうとするラッビヤ人だけじゃなく、どこの馬の骨かも分からん連邦人もな。だからこそ、ここは警備が強化されているんだ」


 小声で迫ってくるタールに反論することは出来なかった。兵士は少しの話し合いの後にこちらにもう二人を引き連れて近づいてきた。


「もしかして、言語特務局のオーレン・ヴィライユさんですか?」

「えっと、俺はアレンです、アレン・ヴィライヤ」

「あー、ちょっと待って下さいね……」


 兵士は何やら書類を確認しながら、納得していた。その様子にタールも「なんなんだ?」と言いながら、首を傾げていた。兵士たちは何かを確認するとお互いに頷きながら、道を開けた。


「ええ、では、通ってもらって大丈夫です。お気をつけて」

「……ちなみになんで俺の名前を?」

「臨時行政長官のほうから、通すように言われています。」

「はあ……なるほど」


 車はまた動き出したが、タールの視線には何か複雑なものを感じた。何か言いたげだ。どうせ非正規な方法で通るつもりだったのだろう。


「どう通るつもりだったんだ?」

「他の居留区への配達だとか言っておけば適当に通れるんだよ」

「とんだザル警備だな」


 検問を過ぎて数分でそれが見えてきた。

 高いフェンスの壁が延々と続いていた。中に見えるものは幾つもの連邦軍のテントだ。だが、その合間に居るのは軍人ではなく一般人のように見えた。服は連邦人とも違い、独特のエキゾチックさを感じさせる。彼らこそラッビヤの人たちなのだろう。


「言葉は通じるのか?」

「通じないだろうな、だから限られた時間で出来るだけ彼らの言葉を聞こうと思う」


 タールは適当に頷きながら、ハンドルを回す。気づいたときには目の前には灰色がかった建物が出現していた。難民キャンプのフェンスの終着点、つまり出入りを管理する場所になっているのだろう。

 タールは車の中で待機するように言い、出入り口に立つ兵士には身分証を見せて通してもらう。長官が先に手回しをしてくれたおかげか、トラブルは全く発生しなかった。

 兵士たちは調査のために人々を集めてくれた。話によれば、予想に反してどうやら何人かはリパライン語が話せるらしい。兵士たちは人々を集めると出入り口の警備に戻っていった。


「皆さん、連邦から来ましたアレン・ヴィライヤです。私は皆さんの言葉に興味があって来ました。ぜひ、ラッビヤの言葉を教えてくれないでしょうか?」


 出来る限りの笑顔で、そして分かりやすい言葉で語りかける。いくら触媒言語が自分の母語だからといって、ネイティブがそのまま話せば理解してもらえないだろう。だからこそ、ゆっくり分かりやすい言葉で話しかけたつもりだった。

 しかし、その言葉には一人も反応しなかった。もしかしたら、思ったよりリパライン語の理解度は低いのかもしれない。


「えっと、リパライン語が分かる人は居ますよね?」


 まずは理解できる人を探そうと思った。しかし、一人も名乗り出るものは居ない。何か刺々しい空気が辺りに漂っていた。彼らのタブーに触れたりしたのだろうか。まず挨拶しなければいけない人が他に居たのかもしれない。それにしても全員が口を一文字に引いて沈黙しているのは奇妙だった。

 困っていると集められた人のうちから一人が俺の方へと近づいてきた。顔の整った青年だった。


「良かった! 君はリパライン語が――」


 言っている途中で手を出されて制止される。それと同時に彼は背後に何やら合図を出していた。その後に見えたのは、二人の男が少女の両手を掴みながら無理やり引きずり出している光景だった。

 少女は俯いたままで表情は伺いしれない。気になったのはその少女がまとっている衣服の異様さだった。ラッビヤ人たちのそれに比べれば、彼女の着ているものは衣服と言うよりボロ布に見えてくる。ところどころが切れていたり、汚れやシミがそのままになっていた。まるで使い込まれた濡れ雑巾のように薄汚いという印象が強かった。

 そんな少女の様子に目を取られていると青年はまた手振りで指示を出す。男たちは少女を目の前に投げ捨てるように突き出した。地面に投げ出されたまま、少女はぴくりとも動かなかった。


「リーナはブツィニル、要らない人間に。俺達はこれを渡す」

「ブツィ……どういうことだ? 要らない人間?」

「これは終わり。俺達は話さない」

「おい、待っ……」


 青年がそう言うと集められたラッビヤ人たちは解散していってしまった。呼び止めようにも話を聞いてくれる気がしなかった。青年もまたこちらを鋭く睨みつけてから、どこかへ去っていってしまった。

 俺の前に残されたのは、地面に倒れている少女一人だけだった。

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