四年の約束

祥之るう子

四年の約束

 ぼくには、毎朝の日課がある。

 四才のときに死んじゃったおばあちゃんから、うけついだ日課。

 家の近くの小さな山の入り口にあるオヤシロに、わき水をおそなえすること。

 オヤシロは、ぼくのからだの半分くらいしかないような、本当に小さな小さなミニ神社ってかんじの小屋で、同じく小さな小さなミニお稲荷さんもいる。

 二体、向かい合ってちょこんとすわる、小さなきつねの石像のあいだに置かれた、かわいい、さくらもようの湯のみ。これを、すぐとなりでちょろちょろとわいて出てきている水で洗ってから、わき水をすくっておそなえする。

 それでおわり。

 そのはずだった。


 ぼくが、わき水を湯のみにくんで振り向くと、オヤシロの前に、見たことのない女の子がいたのだ。


「えっ……」


 まっ黒でまっすぐな長い髪。

 まっ白なきものにまっ赤なおび下駄げた

 目のあたりも、ほんのり赤くなってる。おけしょう、してるのかな?


「あ……あの……」


 女の子はまっすぐにこっちを見ている。少しこわいくらいに。

 知らない子に声をかけるのはちょっとはずかしかったけど、どいてもらえないとお水をおそなえできない。


「お水、おきたいから、少しどいてくれない?」


 どきどきしながら声をかける。

 女の子はなにもこたえてくれないし、うごいてもくれない。


 それにしても、この子、どこから、いつの間に来たんだろう。


「あの――」

利代りよは」

「へっ?」


利代りよはどうした」


 利代りよ。おばあちゃんの名前だ。


 どうして、この子はそんなことを――


利代りよはどうしたと聞いている」

「えっ? えっと」


 思わずぼうっとしてしまったぼくは、女の子の強い声にびくっとしてしまった。


利代りよって、うちのおばあちゃんのこと? おばあちゃんなら、死んじゃったよ」


 女の子は、目を見開いた。

 すごく、おどろいたようだった。


「――いつ」

「え?」

「いつだ!」


 一歩ふみ出してさけんだ女の子は、まるで怒ったような顔をしてた。


「ぼ、ぼくが、四才のとき……」

「それはいつだ!」

「え、いつって、えっと」

「……お前は今何才だ」

「は、八才」

「季節は?」

「きき、季節? 今ごろだよ……三月。雪がとけはじめてて、まだたんぽぽが咲く前……」


 ここまですごいいきおいだった女の子は、急にうつむいて、今度は何も話さなくなってしまった。


「あ、あの……だいじょうぶ? その、どうしてそんなこと聞くの?」


 おそるおそる声ををかけると、女の子はぐすっと音をたてて鼻をすすった。泣いてる?


「あの、だいじょうぶ?」


「……つれていけ」


「え?」


「墓だ。つれていけ!」


「わあ!」


 女の子がぼくのうでを思い切りつかんだ。

 おどろいたぼくは、湯のみの水を思い切りこぼしてしまった。


「どうして? きみ、だれなの?」

利代りよはわたしの、大切なともだちだったんだ」

「おばあちゃんの?」

「そうだ。大切な、たった一人の、ともだちだったんだ」


 ぼくと同い年くらいのともだちが、おばあちゃんにいたなんて、聞いたことない。そもそも、この子を見たのははじめてだ。

 ものすごい田舎だ。クラスなんてひとつしかないし、同級生は十八人しかいない。

 知らない子供なんて、だれかの親せきが都会から来た子くらいだ。

 ひょっとして、この子も、だれかの親せきなのかな?


「ね、ねえ。名前、きいてもいい?」

「……トヨ」

「……え?」

「トヨ……利代りよはそう呼んでた」

「トヨ……ちゃん?」


「お前は、修也しゅうやだろう?」


 女の子――トヨが、急に顔を上げて言った。

 驚いた。ぼく、まだ何も自分のこと話してないのに。


「う、うん。どうして、ぼくの名前、知ってるの?」

利代りよに聞いた」

「そ、そっか」


 本当におばあちゃんのともだちだったのかな?


「墓、つれていってくれ」


 トヨは、まっすぐにぼくの目を見て、もう一度言った。

 なんだか本当に、必死で、とてもことわれないかんじだった。


「わかった。その前に、あの、お水、おそなえさせてくれる?」


 トヨは、ぼくの手の中の湯のみを見て、ちょっとだけ泣きそうな顔になって「ありがとう」と小さな声で言うと、オヤシロの前からどいてくれた。


 お水をおそなえした後、ぼくらは山の中に入っていった。

 お墓が山の中にあるからだ。

 山の中って言っても、車が一台通れるくらいの、細いけどちゃんとした道路があるから、別に森の中を歩いていくわけじゃない。

 それに、オヤシロからはわりと近いので、すぐに着いた。

 けれど、お墓につくまでの間、トヨはずっとぼくの腕をつかんでいた。

 手をつなぐっていうより、ひじのあたりを両手でにぎられていたんだけど。

 初めて会う、ちょっと変わってるけどかわいい女の子にこんな風にされたら、ちょっとどきどきしちゃうよね。


「ついたよ。お墓」


「む」


 トヨは、ぼくの腕をそっとはなして、お墓の前に立った。

 お墓は、もうすぐ命日だからって、お父さんがきれいにしたばかりだ。


利代りよ。すまない、おそくなった」


 トヨは、なんだか悲しそうな声で言った。


利代りよ、長い間、大儀たいぎであった。お前の献身けんしん、心より感謝かんしゃする」


 トヨはむずかしい言葉をすらすらと話しながら、両手をお墓のほうに向けた。


 すると、お墓とトヨの手の間に、ぼんやりと白い光がうかんだ。


「……っ?」


 これは、なんだろう? トヨ、ぜんぜんおどろいていないし、もしかして、ぼくの気のせい? でも、ほんとに、ちゃんと、光ってるよな。白く。

 何だろう? おばけ?

 でも、ぜんぜんこわいかんじがしない……。

 トヨが両手をゆっくりゆっくり上にうごかしていく。

 トヨの顔も、いっしょに上を向いていく。

 光も、ゆっくりゆっくり、上に上に、ふわふわとうごいていく。


「ありがとう、利代りよ。お別れだ」


 トヨが言った。 

 光が、ふわふわと上にのぼっていく。

 その先には、うすい水色の空が、きらきらと光って、まるで白い光がのぼってくるのを、よろこんでいるようにも見えた。


「きれい……」


 ぼくが思わずつぶやくと、お墓の前から、ぐずっという鼻をすする音が聞こえた。

 トヨのほうを見ると、トヨは、こっちを見ていた。

 こんどは、目から涙がこぼれていた。


やしろへもどるぞ」


「う、うん」


 トヨの泣き顔は、とってもかわいそうだったけど、とってもきれいで、ぼくはもう、うなずくことしかできなかった。

 帰り道も、トヨはぼくの腕を、ぎゅうっとにぎっていた。


 トヨはオヤシロの前まで来ると、ぼくの腕をはなした。


「せわをかけたな。修也」

「う、ううん。ぼくこそ、ありがとう」

「? なにがだ?」

「トヨちゃん、おばあちゃんのこと、その、大切に思っててくれてるみたいだから。うれしくって」


「……そうか。お前は、利代りよからわたしのことはきいていないのか?」


「う、うん。急な病気で死んじゃったから……」


「では、どうしてここへ?」


 トヨは、なんだか不安そうな顔だった。


「おばあちゃんが、死んじゃう前の日、お母さんはキセキだって言ってたけど、ずうっと眠ってたおばあちゃんが目をあけて、ぼくに、毎日ここにお水をあげてお参りしてくれって。ぼくは、何回かおばあちゃんといっしょにお参りしたことがあったから、ぼくならできるって。

 それで、おばあちゃんと約束したから、ずっとやってるよ。ぼくができない日は、お母さんがやってくれてるし」


「そうか、それでは、修也」


 トヨは、ぼくを見て、初めてわらった。

 にっこり笑った。


「わたしの、ともだちになってくれるか?」


「えっ……い、いいけど……」


「ありがとう。それでは、次に会うのは四年後だ」


「え?」


「大人にわたしのことを聞かれたら、また四年、全力をつくしてやると答えておけ」


「な、なんのこと?」


 トヨは、ぼくの聞いたことに、ひとつも答えてくれないで、ただにこにこと笑ってた。

 そして、オヤシロの湯のみを手に取って、わき水をぐいっと飲んだ。


「ええええっ! ちょっとそれ……!」


 あわてるぼくの顔を見て、トヨは楽しそうに笑った。


「その顔も、いい供物くもつになったぞ」


「え? え?」


「ではな。四年。おぼえていてくれよ」


 そう言って笑ったトヨは、とつぜん目を大きく開いて「あーーーっ!」と叫んでぼくのうしろをゆびさした。


「えっ? なに?」


 おどろいてうしろをふりむいたけど、そこにはなんにもなかった。

 いつもどおりの、森があるだけだ。

 ――だまされた!


「もう、なんだよ!」


 ぼくはせいいっぱい怒った声で言いながらふりむいたけど、オヤシロの前には、もうだれもいなかった。


「……え?」


 次は、四年後?

 トヨの言ったことはよくわからなかったけれど、ぼくはその日の帰り道、近所のおじいちゃんやおばあちゃんたちから「白いきものの女の子にあわなかったか」と聞かれた。

 その女の子は、何て言っていたかって。

 ぼくは、トヨの言っていたことを思い出して、伝えた。

 おじいちゃんやおばあちゃんたちは、すごく喜んで、オヤシロのほうに手を合わせて拝んでた。


 けど、トヨがだれなのか、だれも教えてくれなかった。

 それどころか、学校の友達にはナイショにしなさいとか言われた。


 四年後。

 また会えるかな。

 また会えたら、聞きたいことがたくさんある。

 おばあちゃんとのこととか、トヨがどこのだれなのか、とか。

 わき水飲んで、おなか、こわさなかったかも、聞かなきゃな。


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四年の約束 祥之るう子 @sho-no-roo

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