第284話

 (……なにこれ)

 辿り着いた先で、私達から発せられる色を吸い取り、光っていた、それ。

 それは、植物の根の様に、張り巡らされており……。


 (…………?)

 その根の様な物の傍で、手招きをする魂がいた。

 敵意は感じられない。

 

 (あなたは……?)

 恐る恐る近づきつつ、声を掛けてみるが、魂は話す事ができないのか、その根の様な物に触れる様、促してきた。


 (……触れば良いのかしら?)

 首を縦に振る、魂。

 私は、恐る恐る、それに触れた。


 (……暖かい)

 これは、どこに繋がっているのだろう。

 そんな事を思っていると、私の脇にいた魂が、その本流の中へと身を投げた。


 (あ……)

 どうするべきか悩んでいると、本流の中から魂の腕が伸びて来て、私を引き込もうとしてくる。


 それは、強い力ではなかった。

 しかし、その魂に触れた影響で、私の流れ込んで来た感覚は、体を共にしている、皆と同じような。誰かを想う時に感じる、とても優しい物で……。


 (来て欲しいの……?)

 流れから顔だけ出した魂は、再び首を縦に振る。

 その意志は、触れている手を通じて、しっかりと伝わって来た。


 (……分かった。信じるわ)

 私は、その魂に身を任せ、その流れを辿って行く。


 (……暖かい……)

 流れの中は心地が良かった。

 その流れの中では、いくつかの魂が、私を出迎えてくれた。


 "彼女達"に導かれ、私は流れを辿って行く。

 たどれば辿る程、私を包み込んでくれる暖かさ。

 ……安心した。それこそ、先程まで、自身が取り乱していた事など、忘れてしまうほどに。


 私は、心地良さに身を任せ、このまま立ち止まってしまいたくなる。

 そんな中でも歩みを止めない彼女達は何者なのだろうか?


 (……?終わり……?)

 投げ出される様に。それは唐突に訪れた。

 まるで、今までの暖かさを拒絶するように。


 でも、確かに、この無の空間から、この暖かさは生まれている様であり……。

 私と違って、彼女達はこちら側には来れない様だった。


 (このまま進めば良いの?)

 流れの向こう。彼女達は首を縦に振る。


 (分かったわ……)

 乗りかけた船だ。最後まで乗り切ろう。

 それに、確かに、この先から"彼"を感じたのである。


 騙されていない気がしないでもない。

 でも、それでも、あの人達の想いが遂げられるなら、それでも良いと思った。

 そう思える程に、あの空間は、あの人達の手は暖かかったのである。


 (……何もない私には、おあつらえ向きね)

 何もなかった私は、人に願われリーダーになったのだ。

 それなら、人に願われて、救世主の様な役回りを演じるのも、悪くないと思った。


 ……っと、そうこう考えながら歩みを進めている内に、凍った、結晶の様な何かが見えて来た。

 辺りは、流れから離れるに連れて、どんどんと肌寒くなっており、先程までの心地良さとは真逆だった。


 (ほんと、痛いぐらいだわ)

 それだけ、拒絶されているのが良く分かった。

 そして、"彼"がこの、身を裂く様な寒さの中、一人戦っているのも。


 (流石、彼女達から思われるだけの存在では、あるわね)

 この寒さ。私でなければ耐えられなかっただろう。

 孤独と、文字通り、身を焦がす様な悪意をその身に受けた私でなければ。


 (違うわ。焦がすのは、私よ。"私達"よ)

 

 (……?!)

 

 結晶に写るもう一人の私が、ブレる様にして、いくつにも分裂する。


 (全部忘れちゃうなんてひどいですよ。貴方は僕達なのに)

 (約束しましたよね?皆で、全部燃やすって)

 (助けてくれなかった、皆も、世界も全部燃やしてやるってよ)


 (さ、全部、燃やしてしまいましょう?)

 皆が不気味に笑う。


 彼らは、彼女らは、そんな顔などしない。

 しかし、その魂の色は、やはり、見覚えがあって……。


 (フフフッ……)

 (ウフフフフフッ……)

 彼ら彼女らの笑い声が頭に響くと同時に、たくさんの断末魔が。断末魔さえ上げられなかった、彼らの痛みが、想いが、私の中に流れ込んでくる。

 最後の情景が、鮮明に脳裏に浮かぶ。


 (ちが……。違う……。私は……。皆は……)

 私ってなに?

 皆は、皆は本当に居たの?

 私の見て来たものは本当?感じてきたことは本当の事なの?


 私がぐちゃぐちゃになって行く。

 ぐちゃぐちゃになって、ドロドロになって、消えてゆく。

 消えちゃう。

 また戻っちゃう。

 あの闇の中に。

 あの無の世界に。


 やだ。戻りたくない。

 私、したい事があるの。

 いっぱいいっぱいしたい事が。


 私、わたし…………。

 (全部を燃やしたいの……)


 (そう、燃やしたいの)

 (全部燃えちゃえば一緒だから)

 (みんな、みんな一緒だから)

 (私と一緒、みんな一緒)

 (それなら、仲直り、できるよね?)


 もう、誰が喋って、自分がどんな表情をしているのかさえ分からなかった。


 『ふ、ざけるな…………』

 突然、頭に響く声。


 (…………?!)

 瞬間、地面が。世界が大きく揺れた。


 『……あらあら、フフフッ……。邪魔が入りましたね』

 その声に顔を上げれば、彼ら、彼女らは、皆一様に、見覚えのない、白い服を着た、黒髪の女性に置き換わっていた。


 『私達に気づくどころか、これ程強く、抵抗できるなんて……。やっぱり、彼を強くするのは、これが一番の様です』

 よく見てみれば、結晶の所々ににひびが入り始めている。

 しかし、そんな事等、気にもしないのか。

 いや、思惑通りだとでも言いたげに、結晶の中の彼女は笑っていた。


 『……さて、時間もありませんし。貴方には、これを授けましょう』

 そういう彼女は、一つに戻ると、事も無さげに、結晶の向こうから、結晶の欠片の様な物を摘まんだ手を、こちら側へと伸ばしてくる。


 (い、いや……)

 もう、訳が分からなかった。

 逃げ出したかった。


 でも、"私"が何なのか、分からなくなってしまった私は、もう、逃げる足の保ち方すら忘れてしまった。


 『何も、私は、最強になってくれるなら、彼でなくても良いのです……。可能性の種は多いに越した事はありませんからね』

 

 (あ……)

 彼女の手が、結晶から抜け出たのと同じように、何の抵抗も無く、私の頭の中へ入って行く。


 『さ、貴方の可能性、見せてください……。なぁんて。期待はしていないんですけどね……』


 (あぁぁぁぁぁぁ……)

 彼女の細い指先が、私の頭の中をかき回す。 

 気持ち悪い。

 ただでさえ、朦朧としていた意識が、飛びそうになる。


 『まぁ、枯れても、こうやって彼の養分ぐらいには、なってくれるでしょうし…………。その点は、本当に期待していますよ』

 悪意の欠片も感じない、その笑顔を最後に、私の意識は途絶えた。

 

 

 

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