第283話
「…………」
張り詰めた空気。
……いや、そう感じているのは私達だけで、目の前を行く精霊様は、私達を先導しているだけなのだろう。
「…………」
……私達は本当に導かれているのだろうか?
精霊様は、私達の存在も忘れ、唯々、目的地へ移動しているだけでは無いのか。
こちらに振り返る事も、言葉を発する事も無く。
こちらの存在など、認識していないかの様に、一定の速度で移動を続ける精霊様を見ていると、そんな都合の良い考えが浮かんできてしまう。
勿論、そんな考えは、精神的負荷を緩和する為の逃げでしか無い。
しかし、その、想像すらも及ばない様な、強大な存在に見られている、認識されていると考えるだけで、あの魔力に耐えて来た私達ですら、押し潰されてしまいそうだった。
敵ではないと分かっていても、自然と体が強張ってしまう。
敵ではない……。敵ではない?
それすらも、分からない。
何を考えているのかも分からない。
分かるのは、目の前にいる存在が、その気になれば、私達に抗う術など無いという事だけだ。
それこそ、その場の気分一つで、簡単に……。
「……安心しろ、食い物なら、腐る程、運んでいる最中だ。貴様らも手伝えば、皆に振舞う程度の食材は無償で分けてやる」
「……お気遣い。ありがとうございます」
その声に驚き、飛びのいてしまった私は、臨戦態勢も解けぬまま、礼を口した。
いやだよ。熱いよ。痛いよ。
助けて。助けて。助け……。
(ちが、う……)
体の制御どころか、思考があやふやになる。
皆の恐怖が……。私の恐怖が、理性を、現実を飲み込もうとしている。
何も覚えていないはずなのに。死にたくない。唯々、そう思った。
それ程までに、私の中に残る死に際の残り香は強烈だったのだ。
「……済まない。怖がらせる気はなかったんだ」
私に合わせ、歩みを止めた精霊様。
瞬間、時間が止まる。
体に力が籠る。
思考が恐怖に侵されて……。
やだ!!もう、あんなのは嫌なの!!
なんで?!助けてくれないの……?!なんで?!助けてくれなかったの?!
なんで、なんで、なんで?!
「……行こう」
精霊様は、こちらを振り返る様な事なく、再びその体を前へと進めた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
おかげで私は乱心せずに済んだ。
いや、今この瞬間も、十分、心は乱れているが。
少なくとも、自身が自身である事。そして、息をしていなかった事ぐらいは、思い出せた。
(あれは……、何?)
手を伸ばしてきた恐怖に飲み込まれそうになった瞬間、確かに見えた、黒い影。
焼け爛れていた。炭になっていた。時に、灰になり、骨になった時もあった。
そして、そのどれもが、他人ごとには思えず……。
「無駄な事は考えるな。……今から合流する食料運搬班の中には、シェイクもいる。今は、奴にどんな顔で会うかだけ、考えておけ」
今度は歩みを止めず、無機質に、一方的な注文を押し付けて来る精霊様。
……私を刺激しない様、落ち着ける様、気を回してくれたのだろう。
精霊様が心を読めると言う事は、私達を、"貴様"ではなく、"貴様ら"と呼んだ時点で、なんとなく予想はついていた。
それに、私が容易に想像出来る様な事を、精霊様ができないはずがない。
詰まりは、私から、精霊様に向けられている恐怖や、それに付随する敵対心も、分かっているはずなのに。
「……"お前"は弱いからな……。仕方のない事だ」
そう言う精霊様は、別の何かに話しかけているようで……。
まぁ、それも、私に気を遣っての事だろうが。
……これだけ強大な存在が、私を気遣ってくれている。
いや、"彼"が私を気遣ってくれいるのだ。
……?
私は、何故、精霊様を、"彼"だなんて……。
しかし、そう感じたのは確かだった。
強大な存在のはずなのに、どこか弱々しくて……。
この感覚は何処から?
魂の中で、皆と会話する時よりも深く。
私は、この感覚が湧き出る方向へと、意識を潜らせて行った。
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