第282話
「ふふふっ。こんなに沢山……」
山菜や薬草が目利き出来る彼は、そこらの草で織られた籠を一杯にして、喜んでいる。
その可愛らしく、おしとやかな姿を見ていると、同じ体を使っていると言うのに、私が操作している時とは全く別人の様に見えた。
……私より、女の子らしく見えた。
(これだけ持ってけば、あのクソ親父も文句ねぇだろうな)
意外にも、その籠を織ったのは、この、やんちゃな彼だったりする。
狩人の彼は、その森の中にある物で即興の罠を作ったりもする為、このぐらい、朝飯前の様だった。
(あ~あ、今回、私の出番は無しか~……)
何の気なしに愚痴る私。
「何言ってるんですか!僕なんて、ここに来るまで殆ど何の役にも立たなくて……」
(私なんて、料理を作るぐらいしか……)
と、気付けば、場の空気が暗くなっており、私は、内心、やってしまったと、後悔する。
(何言ってんだ。リーダーは、洞窟の中で大活躍だったじゃねぇか。
それに、あんたの作る飯だって美味かったし、こうやって、クソ親父に土産作れるのも、お前の御陰だ)
そう言って、愚痴る私達を励ましてくれる、狩人の彼。
最初は気に食わない奴だと思っていたが、付き合ってみれば良い奴だった。
(ま、俺は洞窟でも、ここでも大活躍だったけどな!)
最後に嫌味も忘れず、空気が暗くなったり、硬くらない様、配慮してくれているのも知っている。
まぁ、単に、その手先とは相反して、不器用なのだ。彼は。
(はいはい、凄い、凄い)
私は適当に話を流しながら、彼にだけ聞こえる様、(ありがと)と、囁く。
すると、彼は戸惑うような、不器用な口調で(お、おぅ……)と、返してきた。
(ふふふっ。かわい)
勿論、彼には聞こえない様に、心の内だけで、呟く。
(そ、そろそろ、村に下った方が良いんじゃねぇか?)
「そうですね。暗くなってからでは遅いですし……」
(洞窟で手に入れた肉もありますし、山菜もこれだけあれば……。私、村に着いたら、何か作りますよ!)
料理担当となりつつある彼女は、張り切っているのか、少し興奮した様に、声を上げた。
「ぜ、全部は使わせませんよ?コッコちゃんには生で上げるんですから……」
普段、弱気で流されてばかりの彼も、今回ばかりはと、おっかなびっくり口を挟む。
なんせ、待ちに待った、家族との再会だ。
格好を付けたがるのは仕方のない事だった。
(ケッ、あんな旨い飯。クソ親父には勿体ねぇや……)
中には、その家族に向かって憎まれ口を叩く様な輩もいるが、本気で憎んでいる様な奴はいなかった。
(しかし、コッコって……。成獣の土走鳥がどれだけ飯食うと思ってんだよ……。それに、家のクソ親父も食う量だけは一丁前だし……)
(私の家にも育ち盛りの妹達がいるので、それなりの量が……)
勿論、本気で家族を憎んでいる奴が居なかったとは思わない。
しかし、これ程に、家族の事を思っている彼らですら、個人差はあれど、自身の名前や死因、生活の細々とした記憶等が抜け落ちているのだ。
きっと、自分の事しか考えられない様な、他人を憎む事でしか存在できない様な奴らは、当の昔に、あの闇の中へ消えてしまっているのだろう。
(自分の事しか考えられない、か)
考えてみれば、そんな奴が一人、居た気がした。
いつの間にか消えていた、この体の主の事である。
彼女は何を思って消えて行ったのだろうか。
少なくとも、自身を捨てた父親を憎んでいると言う様子ではなかったが……。
まぁ、彼女の場合、自分が悪いと諦めがついたのかもしれない。
……人間、そんな簡単に諦めが付く物なのかどうかは、私にも分からないが。
私達の存在が、発言が、彼女を追いこんだのだとしたら?
(……それでも、同情はしないから……。全部あんたが悪いとは言わないけど。でも、少なくとも、ここで今頑張っている皆よりは、悪い子だったでしょう?)
それは本心だった。
同時に、自分の事しか、考えていないな。なんて思う。
(もっと食いもん探すか?)
「しかし、このままでは日が暮れてしまいますよ……?」
(でも、洞窟の中に比べれば、夜の森でも……。最悪、野宿をして、村へ向かうのは、明日にするというのは?)
……実を言うと、私には、彼らの様な、村での記憶はない。
成り行き上、彼らを纏め上げる事となり、リーダーなんて呼ばれたりもしているが、消えかけていた私なんて、本来、そんな器では無いのだ。
でも、それでも、私がここまで来たのは、村に着けば、記憶が取り戻せると思ったから。
(ここはリーダーに任せませんか?)
「どうしますか?リーダー」
(そうだな。このままじゃらちが明かねぇ。リーダーが決めてくれ)
それに、こんな私でも、リーダーとして、慕ってくれる者たちがいるから。
この空間が心地良いから。
(ふふふっ……)
なんて自分本位な理由だと、思わず笑いが込み上げてきてしまった。
皆はそんな私を不思議そうな目で見つめる。
(……やっぱり、私は、抗いもせず、消えたあんたなんかには同情なんてできないわ)
諦めなければ、別の可能性があったかもしれないのに、と私は一人、心の中で呟く。
(でも、こんな機会をくれた事。感謝はしてるから……。ありがとね)
届いていないとは分かっていても。
あなたと同じ道をたどるかも知れなかった、私からの、せめてもの
(そうねぇ……)
私は意識を切り替えると、皆の質問に答えるべく思案する。
皆が早く、大切な人達と再会を果たしたい気持ちも分かるが。
その再会を、特別なモノにしたいと言う気持ちも分かる。
現状、再会はいつでもできるが……。
いや、本当にできるのか?この森は本当に、洞窟よりも安全なのか?
野宿なんかをして、もしもの事があったら……。
(……分かったわ。一通り、食材を集めたら、一旦、洞窟に戻りましょう、そこでなら安全とは行かなくても、今まで通り……)
と、そこで、私は固まった。
いや、私以外の皆も、一様に固まっていた。
「……逃げないのか?」
上空から、落ちるよりも速い速度で現れたそれは、翼をはためかせ、私達の目の前で制止する。
「逃げて欲しいなら逃げるわ」
私は透かさず、体の主導権を握ると、純白の糸人形へ、言葉を返した。
彼が洞窟から抜ける私達を手助けしてくれて居たのは分かっている。
それに、抵抗なんて意味のなさない相手だ。
それが分かっていても、無意識に嫌な汗が流れ、いつでも逃げ出せるような体勢をとってしまう。
それ程に、彼、彼女……?いや、精霊様と言う存在は、強大で、その思考の一片すらも理解できなかった。
「……そうか。それならば付いてこい」
そう言うと、私達に背を向け、浮遊したまま移動を始める精霊様。
皆のリーダーであるはずの私は、その小さくとも、手が届く事の無い背中を、無言で追う事しかできなかった。
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