第280話
リミア達と再会を果たした俺は、皆が休憩中だと言うので、その間に、身につけた技能を披露していた。
「ヴゥッ……!ヴァゥ!ヴァゥ!」
「スヴォィ!スヴォィ!」
そして、現在、小兎を模した体で、荷物を下ろしたセカンドの攻撃を回避中……。
ゴブスケ達は、それを見て喜んでいる様だった。
でも、セカンド?なんか、段々、目が本気になって来ていないかい?
おじさん、ちょっと、怖いぞ?
「…………」
と、こちらの騒ぎになど、一切興味を示さず、座ったまま一歩も動かないウサギ。
それだけ疲れていたと言う事なのだろうが。
……まさか、心配をさせ過ぎたせいで、機嫌を悪くしているとか……?
俺は彼の様子を窺う為、小兎の体で、ウサギに飛びつく。
「おっ……?おぉ……。凄いッスね。もう、核とか関係なく、変幻自在じゃないッスか」
すると、どうやら、疲れのあまり、微睡んでいただけらしく、眠たげな目を擦りながら、ふわふわとした口調で、そう呟いた。
良かった……。そう思うと同時に、その暢気さな仕草に、少しムカつくと言うか、意地悪をしたくなって。
蛇の様に体を変形させ、ウサギに巻き付く。
「って!ちょ!やめるッス!!くすぐったいッス!」
ちょっかいを出した後、ウサギに捕まる直前に、リミアの感覚糸をすり抜けた要領で、体を霧散させる。
「糸くずにもなれるの……?すごい」
空気中に舞う、俺の体を見ながら、そんな事を言い出すリミア。
「いや……。他にもっと言い方があるんじゃないか?」
俺は散り散りになった体を魔力と筋糸で引き寄せ、リミアの目の前で復元しながら、指摘する。
「すごい。糸くずの分際で、口が聞けるなんて」
そう語る彼女の眼は、普段の無表情を通り越して冷たい物感じた。
(あ、あれ?)
先程までは、俺の身に着けた魔力での存在感知能力や、死肉の操作技術を興味深そうに見ていたと思ったのだが……。
時間が経って、冷静になったら、怒りが湧いて来たとか?
…………。
十分にあり得る。
そろそろ切り上げるか?
「あ、あの、少々お時間、宜しいでしょうか?」
と、丁度良いタイミングで、シェイクさんが声を掛けて来る。
彼にはこちらの言葉は分からないが、雰囲気でなんとなく察したのだろう。
まぁ、少なくとも俺は、彼の言葉を理解でき、話す事も出来るので、特に問題はない。
「……ミルの事だろう?」
俺は、彼の方へ振り返ると、彼らの言葉で、返事を返す。
途中、俺が、彼に目線を移した瞬間に、リミアが抱き着いてきたが、まぁ、いつもの事なので気にしない。
「はい……。その……。今、娘は何処に……?」
申し訳なさそうに、伺いを立てる様に、話す彼。
それは、娘を探す父親としては……。少なくとも、以前の彼を知る者からすれば、奇妙な程に落ち着いていた。落ち着きすぎていた。
(下手したら、リミアを押しのけてでも、いの一番で飛び掛かって来るかと思ったんだが……)
蓋を開けてみれば、空気を読んで、今の今まで大人しく待っていたというのだから、驚きだ。
「……なぁ、リミア。俺が来るまで、シェイクさんは落ち込んでいたように見えたが……。違うのか?」
俺は、いつも通り、抱き着いて離れないリミアに、俺達の言語で質問する。
「ん……。なんでも、母親の方に、娘が居なくなった事を、どう伝えるべきか悩んでいたらしい」
そう返してくれるリミアの機嫌は、幸いにも直っていた様で、内心、安堵のため息を吐く。
正直、機嫌が悪くなった理由も、良くなった理由も分からないが。
それこそ、いつもの事なので、この際、脇に置いておくとして……。
「しかし、そうか……」
それは、確かにリミアの言う通りなのだが……。
「それだけか?」
「私が聞いたのはそれだけ。本音……だとは思う。けど、本気で気になるなら、彼の頭の中を覗くべき」
「…………」
確かに。それは彼女の言う通りなのだが。
あまり無暗に、あの力には頼りたくない。
勿論、使うべきと判断すれば、躊躇わず使う覚悟は決まっているが、今がそのときかと問われれば……。
しかし、そんな躊躇も、弱さなのか……?
いや、これは、リミアを試す機会に利用できるかもしれない。
「俺は……、リミアの見立てを聞かせて欲しい、かな?」
嘘ではない。が、誤魔化を含んだ言葉が、自身の思いを誤魔化しきれなくて。
後ろめたい気持ちを、重ねて誤魔化す様に、表情を笑顔で上塗りしてしまう。
まぁ、これっぽっちも上手く笑えている気はしないが。
「私の見立て?」
それに気づいてか気付かずか、自然に話に乗ってくれるリミア。
「あぁ……。実を言うとな。俺がいなくなった事に、リミアが一番動揺してるんじゃ無いかって、心配だったんだ……」
まぁ、顔を合わせてみればこの通り、杞憂も良い程に、落ち着いた姿で。
それこそ、勢いで誤魔化そうと、唐突に姿を表した俺にも驚かず、余裕のある声と、優しい表情で迎え入れてくれた。
そんなリミアの成長を見て、嬉しかったり、悲しかったり、自身を不甲斐なく思ったり……。あふれんばかりの感情で、涙が出そうになったのは秘密だが。
「ん……。動揺……してなかった訳では無い。でも、一応、リーダーだから……」
そう言う彼女は、何故か、視線を泳がす。
……恥ずかしいのだろうか?
でも、そうか……。
リミアの口から、それを聞けただけで……。"良かった"と思えた。
「ん……」
俺は、視線を泳がせようとも、決して離れない甘えん坊さんの頭を撫でる。
それだけで、身を摺り寄せ、気持ち良さそうに目を細める彼女は、やっぱり、まだ子どもだ。
俺にとっては、彼女が何処に行っても、どれだけ優秀になろうとも、ずっと子どもなのだろう。
……いや、違うな。大人な彼女でも、俺の前では。少なくとも、俺だけの前では、何も背負わずに済む、子どもの姿で居させてやりたい。
それが親の、俺のエゴだ。
『強欲ですね……』
嬉しそうな声が脳内に響く。
この笑顔を守るは、守り抜くだけの強さがいる。
俺がそう考える事も、彼女の思惑通りなのだろう。
それでも良い。
彼女の、彼女たちの笑顔を守れるのなら。
『ようやく覚悟が決まったようですね』
『あぁ……』
その日、俺は悪魔の手を取った。
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