第278話

 人間の村へ下る道中。

 私は足を進める大ムカデの背の上。

 正確にはその背に積まれた荷物の上に腰を下ろしていた。


 「…………」

 皆、重い荷物と、長引いた会議に疲れ果てた顔をしている。


 まぁ、その中に紛れ込んで、暗い顔をしている人間のオスに限っては、また、別の要因が、足を重くしている様ではあるが……。

 


 「はぁ……」

 と、肉を背負いながら歩いていたウサギが、とうとう、と言うべきか、大きなため息を吐く。


 「ウサギ、どうした?」

 彼が吐いた溜息の原因を分かっていながらも、興味本位……。ガス抜きになればなと、白々しい質問を投げかけてみる。


 「…………。ボク、コグモさんに何かしたんスかね?」


 「あぁ……」

 それは、予想斜め上の質問方法ではあったが。

 私が考えていた原因とは、しっかりと繋がっていた。


 「…………」

 「…………」


 「…………え?なんスか?今のは教えてくれる流れじゃないんスか?」

 数秒の沈黙の後、ウサギは驚いたかの様に足を止め、こちらに振り返る。

 

 「……自分で考えるべき」

 

 「えぇ~……。ヒントぐらいはくれないッスか?」

 と、言いつつも、興味がないのか、はたまた、答えを期待していないのか。

 大げさに項垂れつつも、前を向き進行を再開するウサギ。

 

 「それにしても、重いッスね~……」

 そう愚痴をこぼすウサギに他意は無いのだろうが。

 その発言を聞くと、この場にいた、人間以外の全員が、こんな大荷物を運ぶ羽目になってしまった原因を思い浮かべてしまうだろう。


 「ヴァゥ」

 警備担当として派遣されたはずだった、狼のセカンド。

 いつの間にか皆同様、荷物持ちをやらされている状況を嘆いているのか、うさぎの愚痴に呼応する様に、少し疲れた声で鳴いた。


 私の糸で、背中じゅうに大荷物を括り付けられている大ムカデに至っては、もう、声を出す気力も無い様で……。


 この大荷物を運ぶ事となった原因。

 最近、コグモが事ある毎に、ウサギに食って掛かっていたのは知っていた。


 議論が終わり、ウサギが最終確認の為、皆に、遠征の決定事項について、話していた時も、コグモが、虎視眈々と、その中から穴を見つけようとしていたのは、分かっていたのだ。


 私なら、止められていたかもしれない。

 ……でも、その、周りの為でなく、私利私欲に動こうとする姿が、愛おしくて、愛おしくて……。


 しかし、一度口を開いてしまえば、私が口先でコグモに勝つ事は出来ない。

 気付いた時には、彼女の口先と、気迫で、皆が頷いていて……。


 「ゴメン……」 


 「……?何で、お嬢が謝るんッスか?」

 心底不思議そうに首を捻るウサギ。


 「ん……。荷物は少なくして置くべき……、だった」


 「そんなの、皆さんで散々、話し合った結果じゃないッスか。現に、ボクも納得してるッスしね」


 確かに、ウサギも、コグモの気迫に押されたと言う事もあったのだろうが、

 "このままでは処理しきれない食物が駄目になってしまう" 

 "初めに余裕を見せる事で、私達の力を示す"

 など、彼女の話す内容その物にも納得はしていた様だった。


 「まぁ、重いもんは、重いッスけど」と、素直な本音だけを零すウサギから、他意があったであろう者達は、きまりが悪そうに、スッと目を逸らした。

 

 ウサギは本当に大人だと思う。


 「…………」

 再びの沈黙。

 皆が歩みを進める音だけが、森の中に響いていた。


 ……先程の、ヒントについての話は流れた様だったが。

 察しが良いウサギにも分からないのは、きっと、ウサギがその気持ちを体験した事が無い。或いは、無意識に抑え込んで、それを認識していないからだと、私は思う。


 そして、コグモも、その感情を良く理解できておらず、現在、向き合っている真っ最中なのだろう。

 ……だから、愛おしく思えてしまう。


 「……二人とも、もう少し、子どもになるべき」


 「……なんスか?それ」

 かったるそうに、歩みそのまま、首だけこちらに向けて、呟くウサギ。


 「さっきのヒント」

 

 「二人共って、ボクとコグモさんの事っスか……?」

 一瞬で話を理解してくれたのか、スムーズに質問を返してくれるウサギ。


 「そう……。二人とも、もっと、自分を出すと良い。周りを気にせず、自分がどうしたいのか、どうしたくないのか、考えて、行動する」


 「え~……。ボクは十分、そうしているつもりなんッスけどね~……」

 そう呟くウサギは、本心からそう思っているのだろう。

 

 私はルリと言う、信頼……出来るかはさておき、少なくとも、弱音を吐き出せる程、寄り掛かれる相手に育てられた。

 だから、相手にそれをぶつける事で、自分の感情に気付く事が出来たのだ。


 でも、ウサギやコグモは違う。

 自我が芽生えてからずっと、常に誰かを気遣って生きて来た。

 

 今になって、コグモが不安定になって来ているのは、生活が安定し……、いや、何より、ルリの存在が大きいだろう。


 私も、クリアも、クロノもコグモも。皆、ルリに心を開いてしまう。

 勿論、自然にでは無い。ルリがそうなる様、努力をしているからだ。

 皆を大切にしているからだ。


 私は、そんなルリが好き。


 そこに命までかける事は褒められた物では無いが。

 そうでもしないと、与えられない安心感もある。


 私は皆を大切に思い、皆の為に全力で駆け回る、そんなルリが好きなのだ。


 ……ただ、一番の大切は、私にして欲しい訳で……。


 「私以外を選んだら、殺す……」

 

 「なんか言ったッスか?」


 「ん……。安心する。ウサギが何もしなくても、その内、ルリが……」

 いや、冷静になって考えてみれば、元々強敵判定のウサギが、素直にり、独占欲なんてものを持ち合わせた日には……。


 脳内に、追い詰められたルリが、体格の大きいウサギに、容易に押し倒される想像が浮かんだ。

 その上、身動きが取れずに、しおらしくなったルリも満更ではなくて……。


 「……?」

 とぼけた顔で首を傾げるウサギ。


 「貴方は一生、そのままで良い」

 

 「え……。さっきまではどうでも良かったッスけど、そんな真面目な顔で言われると、何か嫌ッス……」


 「じゃあ、剥製にする」


 「一生そのままって、そう言う意味ッスか?!」


 「キュルルルゥィー」

 と、そんなやり取りをしている内にも、私達の歩みは確実に進んでいた様で。

 飛行警備部隊から受けた、森を抜けるまであと少しとの報告に、誰からとも無く、安堵のため息が上がった。

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