第277話

 (土砂か……)

 俺は、村に向かうミル?の背中を追いながら、考える。


 そんなもの、俺が下から上がってきた時には無かったが、ウサギ達が見たと言うのなら本当なのだろう。


 そして、基本的に一本道だった、あの洞窟。

 そりゃぁ、途中、いくつか分岐する道もあったが、少し進むと、崩落した様な土砂で、直ぐに行き止まりになっており、迷う事は無かったのだ。


 ミル達が行き止まりの道で、無駄な時間を使わない様に、糸で誘導したりもしたが、俺は、てっきり、もう一人の俺が、ルートを間違わない様に、あらかじめ塞いでくれていたのだと思っていた。


 (でも、クリアの話から感じ取るに、その土砂で洞窟が埋まっているのを確認したのは最近の事だよな?)


 流石に、人間数人が軽々と通れる大きさの穴を、ウサギ達が見逃すとは考え難い。


 と、なれば、最近、それも少ない時間で、洞窟の地形が変えられたという事だが……。


 洞窟の主がいなくなってから、俺らが地上に出るまで、日も浴びずに狂った体内時計では当てにならないかもしれないが、数日は掛かった。


 詰まりは、最近の出来事である場合、彼の仕業である可能性が低くなるのだ。


 そうなれば、主以外に、地形を動かせる様な強者がいる。


 (もう一人の俺が言っていた、あいつでも制御しきれない、化け物達の仕業か?)

 それはそれで困るが、そんな化け物、それこそ、魔力濃度の低い外では生命活動を維持できず、洞窟から抜け出すことはかなわないだろうから、安全圏で監視しているクリア達の心配はそれ程していない。


 (ま、最悪、俺が作り出した、傑作のキメラは壊されるかもだけどな)

 まぁ、そんな物、クリア達の安全と引き換えだと考えれば、安い物だった。


 (ただ、そんな化け物が、都合よく、俺らの誘導を行うかどうかだよな……)

 正直、それは考えにくい。


 となれば、俺の分体が予め、ルートを形成し、何だかの方法で、最後、俺達が出口に近付いたら、土砂が無くなる様、ギミックを組んでいたとか?

 

 …………。

 それはそれで引っかかる。

 そもそも、今回のこれは、彼から与えられた試練だったのだ。

 それにしては甘すぎる。


 始めこそ苦戦した物の、現れるのは、勝てる程度の敵だけ。

 道は一本で、リミア達にとっては、魔力慣れさせる程度の探索範囲。

 正直、彼の覚悟は、そんな甘いものでは無い気がした。


 (それに……)

 それに何より、俺は一度も、洞窟内でクロノに出会っていない。

 彼の試練は厳しいものだが、俺が努力すれば、目標を達成できるギリギリのラインで、俺のやる気を引き出す様、試練を組んでいたのだと思う。


 と、なれば、道中、クロノにつながるヒントぐらいは見つかると思っていたのだが、倒した敵の脳内までもを探っても、そこに、クロノの痕跡は残っていなかったのだ。


 (俺を力不足で後悔させ、それを切っ掛けに力を付けさせるでも、クロノの死を連想させるものを配置しないのは可笑しい)

 それは、俺が、彼と言う存在に抱く、正直な人物像だった。


 (……この件が終わったら、もう一回、潜ってみるか)

 樹上で、そんな事を考えている俺を尻目に、優しい雰囲気を纏ったミルが、薬草を摘みだした。


 しかし、それでは多くは持ち運べないと判断したのか、今度は、寡黙そうな男性の雰囲気を醸し出したミルが、胡坐を組み、無言でイネ科の茎を編み始める。


 (…………)

 急いで欲しい所ではあるが。

 俺が作り出した存在とは言え、彼らの念願が、今、叶おうとしているのだ。

 それを邪魔する気にはなれない。


 (本当は、どんな子達だったんだろうな……)

 彼らは、ミルの記憶に残っていた、もう、死んでしまっているであろう子どもたちの人物像を、魔力の中に含まれた記憶で補完し、作り上げただけの存在だ。


 人と触れ合う事から逃げて来たミルに、否が応でも、他人の心に触れる機会を作ってやれば、成長してくれると思ったのだが……。


 (いや、成長した彼女の答えがこれなのか……)

 生きたい人たちに体を譲る。

 それは結局、逃げなのかも知れないが、解釈次第でどうとでもなる思考の世界で、最後に本人がどう感じているかだけが、その人の答えなのだ。


 ミルの満ち足りた感覚を共有した俺には分かる。

 不安と恐怖から解放されて、言い訳ついでに他人の為になる事も行えて。


 このまま消えると言う答えが、今の彼女にとっての"正解"なのだろう。

 正解を引いて、終われるなんて、さぞ幸せな事だろう。

 

 だから、俺はそれで良いと思っていた。

 彼女が幸せなら、それで良いと。


 (……でも、違うよな)

 あの、死闘に敗れたオオカミは、もう、手遅れだった。

 しかし、今回は違う。手が届く。


 誰が願った幸せでも、例え、それが本人の物であっても関係ない。

 何もしなかった後悔を残さない為に。俺の幸せの為に。

 俺のしたい事をしたい様にする。


 『それが強者の特権ですからね』

 耳障りな声が、そう囁いた気がした。


 しかし、気に食わないがそれが真実なのだ。

 

 すべては強者の思うがまま。

 だから、俺は強くならないといけない、強くあり続けないといけない。

 自身の幸せを守り続ける為に。


 そして、他者の、弱者の想いを蹂躙し、捻じ曲げる決意も、また、力の証明だと言うのなら。

 俺は、ミルの幸せを、最高のハッピーエンドすら捻じ曲げて、彼女を現実と言う地獄へ引き戻してやろうじゃないか。


 全部、全部、俺の為。

 どんな結末も、俺の納得する方向へ、力で全部捻じ曲げてやる。


 『負けたら、"また"失っちゃいますからね?』

 今度こそ、その嫌らしい声は、はっきりと聞こえた。


 しかし、その声の主が、彼女だったのか、俺自身だったのか。

 今の俺には分からなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る