第275話

 「あ……いや……」

 少し落ち着いたのか、しかし、それでも、深刻そうな顔をしたままのパパ。

 そんなパパは、何か言いにくそうにして私の顔をチラリと見た。


 こんな時、コグモさんなら……。


 「どうしたんですか?不安な事があるなら、なんでも言ってくださいね?」

 私は、弱っているパパに、救いの手を差し伸べる。 


 「……あぁ……」

 すると、パパは迷う仕草を見せながらも、顔をこちらに向けてくれた。


 ……よかった。

 パパに不安を感じさせない様に、表情を亜顔で取り繕いながら、私は、内心安堵する。


 初めは、見よう見真似で始めた、コグモさんと、ウサギさんの真似。

 それは、勿論、パパに好かれる為だが、私にはもう一つ、大きな目標があった。


 それは、パパを支える事。


 私を、私が大切にしている人達を全力で守ってくれるパパ。

 そんなパパがふと疲れを感じた時に、寄り掛かれる様な、頼りにできる存在になる事。

 パパが一人、深い思考の森で彷徨っていたとしても、必ず見つけ出して、手を差し伸べられる存在になる事。


 それが私の目標だった。


 だから、パパが頼りにしている、二人を必死に観察した。

 その喋り方や仕草、思考に至るまで、全てを読み取ろうと努力した。


 それでも、私なんかとは頭の出来が違う、二人の思考は読めない事が多いが……。

 少なくとも、当時、空っぽだった私には、誰かを真似る事は、良い方向に進んだと思う。


 ……少なくとも、お姉ちゃんの様な、破滅的な笑みを浮かべる事がないだけ、救われた。


 「すまん。クリアなら、あの、か弱い人間を優先して守る俺の気持ちを分かってくれると思っていたんだが……」


 だから、パパがそう言った時、私はポーカーフェイスを貫きながら、内心、落ち込んだ。

 パパを理解できなかった事に、パパの信頼に答えられなかった事に。


 しかし、言い訳をさせて貰えるなら、あの時は本当に不安だったのだ。


 なんせ、あの洞窟の中は、尋常でない量の魔力が漂っている。

 私も、少しは潜っては見たが、到底、耐えられるモノではなかった。


 そんな中に、数日間も閉じ込めれて居たら……。

 そして、そんなパパが、出て来て早々に、私達にいつも通りの反応を見せなかったら……。

 パパが、パパじゃないモノに取って代わられたんじゃないかって、不安になってしまった。


 「いや、でも、嬉しかったぞ。クリアがあんな風に、泣きついて来てくれるなんて……。不安にさせて悪かったな」

 パパは苦笑しながら、私の頭を軽くポンポンと叩いてくる。

 

 そんな事をされれば、否が応でも、その失態を鮮明に思い出さざるを得ず……。

 当然、私のポーカーフェイスの裏側は、羞恥で真っ赤に燃え上がる訳で……。


 「ただ、クリアでこの反応だと考えると、リミアがな……」

 どこか遠い目をしつつ、話題を逸らしてくれるパパ。


 あのままでは生殺しだったので、内心、安堵の溜息を吐きつつ。

 成程、パパの悩んでいた原因はそれか、と、納得した。


 それと、さりげなくだが、お姉ちゃんよりも、私を信頼してくれている事が分かり、嬉しくなってしまう。

 ……ポーカーフェイスは崩れていないだろうか?


 しかし、良かった。

 それがパパの心配事なら、なんとかなりそうだ。


 「おね……。リミアなら大丈夫だと思いますよ?」

 

 「そうなのか?」

 

 「はい。今回は、パパの事を信じてみると言って、あまり取り乱さなかったですし、今は、村に道具を貰いに……。

 って、そう言えば、パパはどうやって洞窟を抜けて来たんですか?途中、道が完全に土砂で埋まっていて、他に通る道は無かったと、最深部まで到達した、ウサギさんとリミアは言っていましたが……」


 「土砂?そんな物は無かったが……。そんな事より、あいつら、村に行ったのか?」

 取り乱しはしない物の、不安そうな、不機嫌そうな顔をするパパ。


 ……うん。ちょっと、落ち着いては居るが、やっぱり、いつも通りの心配性なパパだ。


 それに、取り乱しているパパは可愛いけれど、余裕のあるパパは、パパで、こう……。頼りがいがあると言うか……。大人のカッコよさが滲み出ていた。

 

 あぁ……。私が頼られる存在にならないといけないのに……。

 でも、これも、これで……。


 「……どうした?クリア」

 見とれて見上げていた瞳が、私と同じ高さへと降りて来る。

 どうやら、身を屈め、目線を合わせてくれたようだ。


 「え、ええっとですね……。クリア達は、その土砂を運び出す道具を入手する為に、村に向かったんですよ」


 私は、慌てて視線を泳がせつつ、適当な言葉で誤魔化す。

 相手に、好きだと伝えてはいても、恥ずかしい物は恥ずかしいのである。


 だから、そんな、不思議そうな表情で、顔を覗き込もうとしないで!!


 視線を使った、私とパパの鬼ごっこは、パパが不思議そうな顔をしたまま諦めるまで、もうしばらく続くのであった。

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