第274話

 クソッ!!

 クリアを不安にさせたり、心配させたり、そうじゃないだろ!!俺!!

 

 あいつと出会ってから、あの洞窟に入れられてから、何一つ、事が思い通りに進まない。

 何一つだ……。


 『フフフッ、荒ぶっていらっしゃいますね』

 頭の中に響く、耳障りな声。

 消えて欲しい……が、俺の願いなど、聞いてはくれないだろう。


 『あら……。私の声を聴いて落ち着きを取り戻すなんて……。お母さんって呼んでも良いですよ?』


 …………。


 『はいはい、そうですね。お互い暇ではありませんから、早速、本題と行きましょう』


 そうしてくれ。


 『分かっているとは思いますが、物事が上手く行かないのは"彼"のせいではありませんよ?』


 ……あぁ。


 『それに、何一つ上手く行かなかったなんて事は無いでしょう……?現に、貴方はこうやって洞窟を出る事が出来ましたし、少女も生きて、洞窟を抜ける事が出来ています』


 それは……。でも、それは。


 『もっと早くに抜け出していたかったですか?彼女の主人格を維持したまま、洞窟を抜けたかったですか?』


 …………。

 彼女の言う通りだった。

 そして、他人の口で言われて気付く事もある。

 それは望み過ぎだと。


 いいや、初めの俺は気付いて居たんだ。

 だから、クリア達の安全を確認できただけで安心したし、ミルが消える事も、容認できたのだ。


 『でも、そんなの、俺じゃない』


 その通りだった。

 

 『そうです!そんな物は貴方ではありません!もっと、強欲に!

貪欲に!欲深く!全てを手に入れて行くべきですよね?』


 ……でも、そんなに都合の良い事は。


 『そうですね。では、私から一つ、力を授けましょう。言葉の力です』


 言葉の力?


 『貴方も良く使っていますよね……?嘘、とか』


 …………。


 『嘘は使いたくないと……。我儘ですね……。でも、我儘は良いです。それは、とても欲深い事ですから……』


 何なんだ、お前は。何が言いたいんだ?


 『いえ……。そうですね。まずは、目の前で貴方の心配をしている子を安心させてあげましょうか』


 ……どうやって?


 『まずは、そうですね。貴方の気持ちを整理しましょう。"嘘"にならない様に』


 …………。

 胡散臭い事、この上ないが、耳を塞ぐ事もできない俺に、聞かないと言う選択肢はない。


 『そうですね。それも、"嘘"ではないですね。例え、心の隅で、私の答えに期待していたとしても』


 …………。

 何となく言いたい事は分かった。


 『貴方が、彼女の元に駆け付けなかった一番の理由は何ですか?』


 ミルが……。ミルの体が、まだ洞窟の中にあったからだ。あそこじゃ、いつ何時襲われるか、分かったもんじゃないからな。


 『だから、距離を取りたくなかったと……。詰りは、目の前にいる少女よりも、ミルと言う少女の方が、心配だった訳ですね?』


 なっ……!!

 そんなのクリアに伝えられる訳!!


 『これはどちらが大切か、だけが判断の基準ではありませんよ?』


 心を読んでか、はたまた、予測してか、俺の動揺を適切に抑え込んで来る彼女。


 『要は、リスクマネージメント……。貴方にとっての価値と、その物が晒されている危険。双方の掛け算とでも思って頂ければ良いでしょうか?』


 ……詰りは、俺にとって、クリア達の方が大切でも、クリア達に全く危険が差し迫っている様子はなく、ミルの方が危うい判断した結果、ミルを取ったと。


 『そうですね。価値が1,000でも、危険が0なら、保護の優先度は0になりますからね。……では、話の続きですが、森の中、それも、ダンジョンの出入り口となればどんな生物が闊歩しているかも分かりません。詰まる所、彼女達が危険である事に変わりはないですよね?』


 ……そうだな。


 『この際ややこしいので、ミルと言う少女と、目の前にいる彼女達が、同じ森の中にいるとしましょう。詰り、危険度は一緒です……。さぁ、貴方はどちらを助けますか?』


 助けるって、それは……。

 そもそも、クリア達は森の中で暮らしているのだから、助けるも何も……。


 『そうですね。彼女達には、抵抗する"力"が有ります。詰り、貴方は、彼女たちの"力"を信頼している訳です』


 信頼。

 それは、良い言葉に聞こえてしまった。

 とても、都合の良い言葉に……。


 『でも、"嘘"ではありませんよね?』

 

 嘘……。では、無い。


 『嘘が嫌なら、嘘でなくしてしまえば良いのです……。

 "死者は生者の為にある"様に、都合の悪い事実は、言葉の力で捻じ曲げて、周りも、自分も全部、ぜぇ~んぶ、貴方の思うがままの解釈へ……。

 さぁ、皆様を都合の良い未来へと導いてあげましょう?』


 囁く声で、難解な言い回しで、俺の言葉を使って……。

 何よりも、甘い言葉が、俺にとっての猛毒だった。


 『……はぁ……。頑なですね……。あなたは変わる事を怖がっているようですが、強くなるという事は、変わると言う事です。ほら、目の前にいる彼女も、以前の、貴方について回るだけの、か弱い少女であれば、貴方は、これっぽっちも、彼女を"信頼"する事は無かったでしょう?』 


 それはそうだが……。

 人の記憶を、こうも簡単に覗き見れる彼女に、俺からの返答はいらないだろう。


 『……それほど嘘を拒むというのであれば、私、あなたの口を使って、皆様の前で、嘘を洗いざらい、吐き出してあげても良いのですよ?』


 ……ッ!!

 それは、それだけは駄目だ。


 クリナの事を、未だに引き摺っている自分を知られれば、リミア達は絶対に傷つくだろう。

 それに、俺の復活の仕方を知られれば、皆に、本当に俺は以前の俺なのかと言う疑問も生まれてしまう。


 『極めつけは、死者を、当人にも知らせぬまま、何事も無かったかの様に、生活させていますしね。……さぁ、どうしますか?』


 そんなの言えない。言える訳がない。


 『そうですよ。嘘でもなんでも、皆が幸せなら、それで良いじゃないですか……。それとも、あの時に決めた嘘を突き通す覚悟も、嘘だったんですか?』


 嘘じゃない。


 『ほら!やっぱり、貴方は強くなっています!変化しています!……そして、そのお陰で、皆の笑顔が保たれている。……どうですか?変化とは、強くなるとは、素晴らしい事でしょう?』


 ……あぁ、素晴らしい。

 素晴らしく恐ろしい事だ。

 

 『……さぁ、貴方の大切な人が、目の前で貴方を心配していますよ?貴方の為に、心を砕いていますよ?』


 彼女の声に釣られ、顔を上げれば、そこには、変わらず、心配そうな表情で、こちらを見つめて来る、クリア。


 そんなのは……。

 そんなのは反則だった。

 俺の弱った心の弱い部分を突いて、彼女は優しく語りかけて来る。


 『我儘を通せるのは、強者の特権。貴方の思考を誘導する為に、私が使った力は言葉の力です。

 そして、貴方が今から使うのも……』


 彼女は、もう、介入の必要など無いと言う様に、フフフッと、小さく笑いながら消えて行く。


 本当に、何がしたいんだ、あいつは……。

 考えても無駄だと分かっていても、考えてしまうのが俺だろう。

 

 ……そうだな。俺は前世、散々諦めて生きて来たんだ。

 これで良い、これが、あきらめの悪い俺が、今の俺だ。

 気に入らない結果には、ガキの様に食いついて、気に入る様にひん曲げてやる!


 嘘が嫌だと言うのなら、その嘘さえひん曲げて、全部本当の言葉で、彼女を安心させてあげよう。


 それが例え嘘でも、悪であっても関係ない。

 それが、今、俺のしたい事なのだから。

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