第272話

 (動かせない事も……、無いですけど……。……やっぱり、私は良いです。少し、村を見たいだけなので……)

 (よし!じゃあ、次は俺の番だな!)


 ……。


 (ええっと、手はこうやって……。お、立てた……。立てたぞ!って、うわぁぁぁぁ!)

 (ちょ!危ない!何やってんのよ!)


 …………。


 (わりぃ、わりぃ、次は……)

 (次なんて無いわよ!!これだからガサツな男子は!!)


 ………………。


 (何だと!一回失敗しただけじゃねぇか!!)

 (だから、二度目が無い様にやめろって言ってんの!!分からない?!)


 ……うるさい。


 (まぁまぁ、二人とも……)

 (そうですよ。体の持ち主も、ああ言ってますし……)


 (はっ!元の持ち主だからって何だ。嫌なら、俺達なんて追い出せばいいだろ?それが出来ないなら、黙ってろってんだ)

 (そうね。私もそれは同感。自分から体を手放すような奴に、気を掛けてやる価値なんてないわ)


 (そ、それは……。そうですけど……)

 (で、でも、それを差し引いても、みんなの体ですし、大事にしましょうよ!)


 (……ッチ。分かったよ……。この体を一番うまく操れるのは、お前みたいだしな。今は預けとく)


 (賢明な判断だわ……。絶対に後悔はさせないから)

 (お、おう……)


 ……それからは比較的静かに過ごせた。


 彼らが初めて、"外"に出ると言い出した時は、人形が言っていた魔力とやらに、怯えたが。

 

 (ふっ……ざけんじゃねぇ!俺が、こんな中途半端な奴らに負けるかよ!!)

 (わ、私だって!外に出るまでは……。村に着くまでは負けられません!!)


 そう言って、彼らがこの空間を守ってくれたおかげで、私は今もこうして蹲って居られた。


 (腹、へったな……)

 (あ、あそこに新鮮そうな亡骸が……。ネズミが群がっているので毒は無いと思われますが……)


 「大人しくなぁ!ネズミどもぉ!お前らごと、食ってやるからよぉ!」

 そう言って、急に、体の操作が下手だったはずの男子が、思いもよらぬ俊敏さで、飛び掛かって来る大ネズミ攻撃を全て躱し、一撃で沈めたりもしていた。


 (お前、料理上手いんだな。)

 (えぇ、まぁ、それが私の仕事でしたので……。森の散策集会では、清草きよめぐさなんかも集めていましたが……。ここではあまり役に立ちそうもありませんね)


 私と同い年程度の子たちが、そうやって、適材適所で、体を動かす人材を変えて、洞窟を進んで行く。


 私は、声も掛けられない。

 初めの内はただ俯いていただけなのに、途中から、彼らと目線が合うのでは無いかと思い始め、顔も上げられなくなった。


 私には何かできただろうか……?


 そんな事、聞くまでも無い。

 私は何もできない。私には何もない。


 彼らのように努力もしてこなければ、決意の様な物も無い。

 あるのは、この体だけ。もう、それすらも手放してしまったけれど。


 (お前は、なんで村に行きたいんだ?)

 (それは……。だって、お母さん達が幸せに暮らしているか、気になるじゃないですか)


 その一言に、私の心は抉られた。

 だって、私はここで蹲っている間、パパ達が幸せに暮らしているかどうかなんて、考えもしなかったから。


 (そうなのか?俺は、俺を売り飛ばした馬鹿親父を殴りに行く為に村に向かってるんだがな。お前は?)


 (僕?僕ですか……?僕は……。僕に懐いていた地走鳥じそうちょうのヒナの様子が気になって……)


 (((ええっ!!)))

 (地走鳥って、お前マジか!!いや、いつも覚悟は伝わって来てるからな。馬鹿にするつもりは無いんだが、それにしても、その覚悟の源が、地走鳥って、お前ッ!!) 


 (もう、みんなして笑う事ないじゃないですか!!)

 そう言って、じゃれ合う彼らを見ていると安心できた。

 楽しそうな彼らの眼中に、私などが入り得ないと、別の世界に浸っているのだと、確信できたから。


 (また糸か……)

 (まぁ、今まで歩いてきた感じ、分岐点では糸に逆らわない方が、賢明でしょうね。

 きっと、あの"人形"がこの洞窟から出る為の目印なのよ。

 この道を通って行けば、上に上がれるし、人形が通ったばかりだからか、強い魔物は軒並み死骸になって、道端に転がっているわ。他の道を選ぶなんて、あり得ない)


 (そうか……?罠師の俺からしたら、そろそろ罠が待ち構えている気が……)

 (罠って何よ。相手はその気になれば、ケガ一つなく、私達を仕留められるのに)


 (……それもそうか)

 (そうよ。……って言うか、あんた罠師だったのね)


 (なんだよ。そんな繊細な事が出来そうにねぇってか……?)

 (そんな事……。言ってないじゃない……)


 (……まぁ、実際、罠は狩りの修行の一環で親父から教わった技だ。狩人と思ってくれて構わねぇぜ)

 (ふぅ~ん……)


 その話を盗み聞きした時、彼は、本気で父を矢を嫌っている訳では無いのかもしれないと、感じた。

 それでも、彼が父親を殴りたいと言ったのは、ケジメか、あるいは強がりか……。


 彼らは、何故、本気になれるのか。

 彼らは何故、それ程までに楽しそうなのか。

 彼らは何故、生きている私よりも、生き生きしているのか。

 私は、いつの間にかそうやって、彼らの事ばかり、考える様になっていた。


 そうしている内に、彼らに愛着がわいて来て、どうすれば、彼らが幸せになれるのだろうか。なんて、冷静になれば、むず痒い事を考え始めたりもしていて……。


 彼らが楽しそうに笑い合っている姿を思い浮かべると、暖かい気持ちになる。

 たとえ、そこに私が居なくとも、代償として、自身に多少の不利益が降りかかろうとも、そんな事、どうでも良いと思えた。


 知らなかった。他人の幸せを願う事が、こんなにも幸福だなんて。

 ……思い返してみれば、他人の事情を本気で考えた事自体、これが初めてだったのかも知れない。


 私は周囲の他人は勿論、パパやママの幸せを本気で願った事すらなかった。

 その事は、彼らの何気ない会話の中から気付かされている。

 

 「やったぁ!!外だ!!」

 誰が言ったかは分からない。

 しかし、その喜びに満ちた言葉と、明るい外の日差しをその目に取り込んだ時、……消えよう。そう思った。


 それは、私がここに蹲った時に抱いていた同じ気持ちなはずなのに、気分は晴れ渡っていて……。とても気持ちが良かった。 


 私が彼らに出来るの事と言えば、この体を譲る事だけだから。

 彼らも、その気になれば、体の主導権を奪い返せる私が居ては、やり辛いだろうし、盛り上がっている時に、隅っこで丸まっているゴミが目に入るのも不愉快だろう。

 

 私の体は一つだけだが、皆で苦難を乗り越えて来た彼らなら、その辺りも、上手くやるに違いない。


 それに"私"が生きていても、パパ達に迷惑を掛けるだけだから……。


 ごめんなさい……。そして、ありがとう。

 

 いまなら、これまで私を支えてくれた全てに、そして、この気持ちに気付かせてくれた、あの人形にも、心から感謝を述べる事が出来る。


 彼女か彼かは分からないが。

 本当にあの人形は、精霊様だったのかもしれない。


 それならばと。

 今更、都合が良いと分かっていても、私は精霊様に祈らずにはいられなかった。

 皆が幸せに暮らせますようにと。


 私は懺悔と感謝を胸に、誰にも気づかれぬ様、ゆっくりと、意識の奥深くへと沈んでいく。


 無に沈んで行く私の心は、これまでに無い程、満たされていた。

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