第271話
糸状になり、扉の隙間を通って、先んじて部屋を後にした俺。
まずは獲物の匂いを嗅ぎ付け、集まり、殺し合っていた魔物達を処分し、取り敢えずの安全を確保した。
「こんなもんか……」
辺りにはバラバラになった肉片が、飛び散っている。
こうでもしないと、再び魔力に憑り付かれ、蘇ってくるのだ。
現に、その肉片さえも、魔力を取り込み、もぞもぞと蠢いていて……。
正直、気分が悪かった。
「さて、と……」
俺はこいつらをバラバラにした張本人を操り、それを食わせて行く。
なにも、この数日間、ミルが気絶したり、寝ている時間、俺だって、何もしていなかった訳では無いのだ。
そして、その成果ともいえる、努力の結晶が、目の前で死肉を貪っている彼。
彼の正体は、ただの死体だ。
最初の一体は、俺が重力と落石を使って、必死に狩ったネズミだったと思う。
まぁ、その体を使って、次の獲物を狩り、その死体達で継ぎ接ぎを繰り返して行った結果、もう、その面影は残ってはいないが。
それどころか、俺が継ぎ接ぎを行い、生命機能を復活させたせいで、生きていると言える状態に、非常に近くなっている。
少なくとも、今ではこの通り、"食べる"事も出来れば、それを取り込み、傷を回復する事さえ出来た。
ここまで"直ると"、魔力達が、その体を奪おうと、わんさか寄って来るが、残念ながら、この体は、俺が使いやすい様に、改造済みだ。
基本的に、魔力は、生きている者に憑り付こうとする。
まぁ、中には、その理性すら失い、或いは持ち合わせておらず、そこで蠢いている肉片共の様に、所かまわず、憑りつく輩も居るが。
魔力達からしてみれば、生者に憑りつこうとするのは当然の行動だった。
なんせ、生きていないと、体が機能しないと、欲求を満たす事が困難になるのだから。
その当然の事実を、俺は、あのネズミを殺した際に。
ネズミが死んだ後も、その殆ど全ての機能を奪うまで、石で殴り潰した際に、魔力がやっと、その体から散って行った事を感じ、悟った。
俺だって、初めは、穏便に、彼の肉体を操作するだけで済まそうとしたのだ。
それなのに、糸を入れれば、洞窟内の空気以上圧縮された、高い濃度の魔力が、体内中の魔力が流れ込んで来きて……。
無尽蔵に空気中から集まり続けるそれを浄化し続け、並行して、自身と、こいつの体を操り続けるなど、不可能だと悟った。
それに、ここの奴らは異常なのだ。
神経を切っても、怯む所か、繋ぎ直してくる。
痛覚も、再生力も、普通の生物の、ソレでは無いのだ。
きっと、この世界で、痛みは不必要なのだろう。
欲求を満たす為の、邪魔にしかなり得なのだから。
しかし、痛みに鈍感な分、傷ついても、すぐに体を修復する能力。
彼らには、ただそれがだけが必要で、彼らが死に直面し、それを強く望めば望むほど、この空間は、それを叶えてくれる。進化させてくれる。
その結果、生まれた者達が、この洞窟に蔓延る、歪な生命体、魔物なのだ。
その歪さ故、きっと彼らは、魔力濃度の低い地上では、生きて行けないだろう。
強力な力を手に入れ、その全てを、生きる事すら、魔力に頼ってしまった代償だ。
もっとも、彼らから、それを後悔するだけの理性を見出す事など、出来はしないが。
きっと、その方が、彼らにとっても、幸せだろう。
彼らは食いたいだけなのだから、殺したいだけなのだから、進化し、圧倒的な力を手に入れ、他者を蹂躙したいだけなのだから。
『そう考えないと、殺せないからですか?』
頭の中に、不愉快な声が流れ込んで来る。
(違う)
『そうですよね。貴方は、可能性を知っていますから。可能性を知った上で、それを叩き潰して、自身の願望を突き通す……。良いですよ、それこそ強者の思考です』
(急に何んだ?お前の提案を断った、俺への当てつけか?)
俺は、先程、彼女から提案された、ミルの育成計画を断っている。
勿論、その原因は、効率的かどうかと、その結果にしかこだわらない様な内容であったからなのだが……。
『いえいえ、あれはあれで良いと思いますよ。私でも思い付かない様な……。死者も、生者も、嘲笑うような所業でしたから』
あの発想は、お前よりも俺の方が、記憶や魔力に、強く関わって来たからに過ぎない。
……何て言うのは、ただの言い訳だ。
それを選択したのも俺で、行ったのも俺。全て俺の責任なのだから。
『これでまた、一つ、強くなれましたね』と、嬉しそうに笑う彼女。
何故、彼女が俺を強くしたいのか。
彼女の言う強さとは何なのか。
何一つ分からないが、俺が彼女に抵抗する術は、精々、その言葉を聞き流す程度だろう。
『まぁ、本人を前に無視を宣言するとは酷い人ですね。悪魔です』
(あんな提案ができるお前程、俺は悪魔じゃねぇよ)
……なんて。そんな皮肉を、脳内で呟いては見るが。
心の何処かでは、今自身がしている事が、到底許されない事だと気が付いている。
気が付いたうえで、それを行っているのだから、俺は多分……。
『まぁ!私、悪魔に見えますか?!』
と、予想外にも、俺の皮肉に嬉しそうに飛びついて来る彼女。
一瞬驚きはしたが、(あぁ、そうか)と、思う自分もいた。
彼女を理解する事等、到底不可能だと、理解していたつもりではあったが。
今の一言で、決定的な違いを感じたのだと思う。
(お願いだから、もう出て行ってくれ……)
無駄な嘆願であったとしても、いや、こちらの心情など意に介さないであろう、彼女であるからこそ、零れた本音だった。
『分かりました』
すると、これまた予想外に、彼女はすんなりと俺の要求を受け入れた。
しかし、もう、驚く事も無ければ、何故、そのような結論に至ったのか、考える気力すら湧かない。
俺は、彼女を理解する事を、完全に諦めていた。
抗う事も、理解する事すら不可能なら、俺は彼女に何もできない。干渉できない。
俺から彼女に向かって行う全ての行為が、無駄な努力だ。
『あらあら、私に対する興味を失ってしまったのですか?まるで、鏡を見ている様です』
未だに嬉しそうな彼女。
その言葉も、感じたままを口に出しただけで、皮肉ですらないのだろう。
彼女は、こちらの存在など、対して気にしていないのだ。
だから、俺も気しない。
この予測が正しいかどうかさえ、もう、どうでも良かった。
……ただ、彼女に対抗する能力だけは身に着けよう。
少なくとも、自身の体や、仲間の体を乗っ取られたり、記憶を改ざんされる事だけは避けたかった。
『そうですね。お互い、目的が達成できればそれで良いのですから……。さて、では、私は暫く、向こうの世界に行ってきますので』
好きにしてくれ。どうせ、お前の好きにしかしないのだから。
俺がそう思った時には、既に彼女の気配は消えていた。
ギィィィ……。
と、背後で、閉ざされていた部屋の扉が、開く音がした。
(やっと、出て来たか……)
俺は気付かれない様、身を隠すと、静かに、彼女が姿を現すのを待った。
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