第270話

 ……?

 目を開いているはずなのに、何も見えない。


 熱い?


 熱い……。痛い痛い痛い!!

 痛い!息がっ……!苦しい!


 何で?!何で何で何で?!

 私が悪い事したから?!


 パパ!?ママ!?何処?!

 助けて!痛いの!息が苦しいの!


 何で?!何で助けてくれないの?!

 私、悪い子だった?!悪い子だから、嫌いになっちゃったの?!


 いやいやいや!!痛いよ!苦しいよ!

 お願い、助けて!!


 置いてかないで!嫌いにならないで……。


 「……!!」

 勢いよく身を起こしてみれば、そこはもう見慣れてしまった洞窟。

 目も見えれば、息もできる。私の体は、ちゃんとここにあった。


 熱に包まれる前の私は、見知らぬ街で、空から落ちて来る、二つ目の太陽を見つめていた様な気がする。

 いや、村人に捕まって、木に括り付けられてたんだっけ?


 ううん、違う。勝手に台所を使って……。

 急に出た火を消そうとしたんだけど、全然消えなくて……。

 怖くなって、自分の部屋でうずくまってたら、いつの間にか、廊下まで、全部、火で真っ赤になっていて……。


 あれは「非常時以外、外に出ちゃいけません」って言ってた、ママの言いつけを破った私が悪い。


 村に行っちゃ駄目だって言われていたのに、パパに黙って、薬草と食べ物を交換しに行った、私が悪い。


 ママから触っちゃだめだと言われていた、台所を勝手に触った私が悪い。


 他にもたくさんの私がいて。

 全部、ぜーんぶ。私が悪いから。


 約束を破った。悪い事をした私が悪いから。

 だから、落ちていた人形を、勝手に拾ってきちゃった私も……。


 そう考えると、夢の中で感じた感覚が蘇って来る。


 「あ、あぁぁ……」

 息が出来ない。

 ただ、熱くて、痛くて、苦しくて……。そして一人ぼっちで……。


 「……それは、お前じゃないだろう?」

 

 「イヤッ!!」

 私の体は反射的に、その声に反応した。


 おかげで、"あの"感覚からは逃れられたが、それと同等か、それ以上の恐怖が、私を襲った。


 「もう、嫌……。嫌なの……」

 私は目に映る、私より小さな人形から、立たない腰を必死に引き摺って、距離を取る。


 「そうか……。俺も、嫌なんだがな……」

 ゆっくりと近付いて来る人形。

 何を言っているかなんて、もう、どうでも良かった。


 「嫌だ……。ヤダヤダやだぁぁぁ!!!」

 私は顔を背け、身を引き、腕を必死に振りながら、人形を追い払おうとする。

 

 「落ち着け。もう、大丈夫だ」

 しかし、そんな必死の抵抗など、無かったかの様に。

 私の耳元で、平然と、落ち着いた様子で、語り掛けて来る人形。


 今すぐ逃げ出したいのに。

 人形を引き剝がして、出口に向かって駆けだしたいのに。

 体が強張って、瞑った目一つ、開く事が出来なかった。 


 「……そうか。まぁ、もう終わった事だしな」

 そう言う人形の声は、私から少し遠ざかる。


 何も……、してこない?

 そこで、私は息苦しさを感じた。

 どうやら、息をする事すら忘れていた様だ。


 「お前は期待外れだったよ。お前の父親を服従させる為に、連れて来たは良い物の、その父親も、お前を捨てて出て行ってしまったしな……」


 ……え?

 呼吸を整え、冷静さを取り戻して来た私の耳に、彼の呟きが飛び込んで来る。


 「それならばと、お前自身が役立たつよう、俺直々に、教育してやろうと思ったが、これまた、期待外れ……」

 人形が続けて何かを言っているが、そんな事、どうでも良かった。


 パパが……?私を捨てた……?

 そんなの嘘に決まっている!

 だって、パパは!

 

 (なんで、貴方は捨てられないの?)

 頭の中に、私でない何かが話しかけて来る。


 (私達は、良い子にしていても、売られたのに)

 (森に捨てられたのに)

 (殺されたのに)

 私より幼かったり、同い年程度の……。どこか聞き覚えのある様な、声達。


 (なんで自分勝手な貴方が、捨てられないと思ったの?)

 瞬間、意識の向こう、闇の中から彼らの姿が浮かび上がって来た。


 それは、やはり、何処か見覚えのある……。


 あ……。

 気付いた。

 気付いてしまった。


 確かあの子は、昨年売られて行った子だ。

 そして、あの子はずっと前に、行方不明になった子。

 あの子は、悪魔の呪いに掛かって、皆に呪いがうつらない様、浄化された子だ。


 (私達、良い子だったよね?)

 少なくとも貴方よりは。


 暗闇の向こうから、こちらを見つめて来る彼らの視線は、そう語っていた。


 ……でもっ!!パパは!!パパは……。

 

 (貴方、ママは呼ばないの?)

 (違うよ。この子のママ。この子が連れ去られても、追って来てすらくれなかったんだから)

 (へー。パパは追って来てくれたんだー)


 (((何で?)))


 え……。

 何でって、それは……。


 (((何で、貴方のパパは追って来てくれたの?)))

 全部、貴方のせいなのに。

 貴方のせいで、家族どころか、村の人たち全員を、危険に晒したのに。


 (何もしてない私達は捨てられて、何であなたは捨てられないの?教えて?)

 私の心の中にいる彼女たちの感情は、手に取る様に分かった。

 いま彼女達がしてきている質問に、全くの悪意が無い事も、全て。


 (わ、私は……)


 怖い。

 答えなきゃと思った。

 

 でも、言葉が出てこない。

 パパが私を捨てない理由を説明できない。


 怖い怖い怖い。

 純粋な彼女達が。

 ……説明できない自分が。


 「でもっ……!!それでも、パパは私を捨てないもん!!」

 めちゃくちゃを言っている事は分かっている。分かってしまっている。


 それを自覚してしまっている時点で、それは、自己暗示にすらならなかった。


 「捨てないもん……。パパは私を捨てないもん……」


 無意味な言葉と共に、涙が零れ落ちて来る。

 それはもう、心が認めてしまっている証拠だった。


 ……もう終わりだ。全部、全部終わり。

 終わりにしたい……。


 「終わり、か……。まぁ、好きにしろ。俺はもう、行くからな」

 人形が何かを呟いた気がしたが、もう、どうでも良かった。


 (いらないなら、頂戴?)

 

 ……好きにすれば良い。もう、放って置いて欲しい。


 (やった!皆!良いってよ!!)

 (マジか?!じゃあ、俺!まず俺が使いたい!!)


 (駄目だよ!男子って、すぐに物壊すし!それに、女の子の体なんだから!)

 (え~~!そんなのズルじゃん!俺達だって……!!)


 ……うるさいな。

 私は、耳を塞ぐと、私の中の端っこで、小さく丸くなって、全てを投げだした。

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