第268話

 「あ、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 もう何度目か、洞窟内に響く、ミルの悲鳴にも似た叫び。


 「クソッ!!またか!!」

 俺は彼女が頭を床に叩きつけてしまわぬ様、糸で動きを拘束すると、その体内に注入した魔力を浄化して行く。


 「あ、あぁぁぁぁ……」

 ミルは、喉を痙攣させる様にして、だらしなく開いた口から、息を吐く。

 その焦点は、全く定まっておらず、支えとなっている糸をその身から引けば、彼女の脱力した体は、勢い良く地面に叩きつけられる事、必至だった。


 「クソッ!!クソクソクソッ!!!」

 俺はそんな彼女を前に、床を殴りつける事しかできない。


 ここに捕らわれて、どれ程の時間が経ったのだろうか。

 体内時計で行けば、もう、五日は経っている。

 気絶して居た時間も含めれば、それ以上の時間が経過していても可笑しくなかった。


 「何でだ!何でなんだよ!!」

 本当は、もっと上手く行くと思っていた。

 なんせ、俺達の進化には、元々それ程時間がかからず、その身が窮地に追いやられれば、追いやられる程、素早い進化が望めたからだ。

 

 だと言うのに……。


 「何でなんだよ……」

 一ミリも、魔力に対する抵抗力を身に着ける様子の無い、ミル。


 初めこそ、同情していた物の、時間と共に、その感覚は薄れ、焦りと、それに付随して、彼女に対する怒りの様な物までもが、募り始めている。


 今頃、皆はどうしているのだろうか?

 もしかしなくとも、この洞窟に足を踏み入れているのでは無いだろうか?

 

 "彼"に言わせれば、それも、リミア達に対する一つの試練なのかもしれないし、俺を動かす原動力でもある。

 そう考えれば、彼女たちの侵入を阻害するような事はしないだろう。


 かと言って、今の"彼"なら、リミア達を見殺しにする様な事もしないはずだ。


 ただ、彼自身、精神的に不安定な部分もある様だし、何より、ここには彼ですら制御できない化け物たちが存在すると言っていた事を考えると……。


 リミア達の絶対的安全が保障されない限り、俺は焦る気持ちを止められない。


 それに、リミア達の件を差し引いたとしても、クロノが心配だ。

 何故か、彼は、クロノに関して、あまり関心と言うか……。人として扱っていないような面も見えて……。

 あれも、こちらをやる気にする演技なら良いのだが、分からない。


 そもそも、体を持たないクロノが、どうやって存在を維持しているのか。

 多分、"生きる事"を知った彼女は、以前の様に"強く"はない。この洞窟の魔力濃度の中に、精神体だけで放り出されれば……。


 『嫌!!』

 あの日、あの森の中で聞いた彼女の必死な叫びが、俺の僅かに残った冷静な思考をつんざいて行く。


『あらあら、うふふっ……。良い感じに仕上がって来ていますね』

 瞬間、俺の脳内に、聞き覚えのある……。忘れる事も出来ない声が響いて来た。


 『お前は……。リミア達の所へ運ばれて行ったんじゃないのか?』

 

 『ええ、まぁ、体はそうですが……。別に、そんな事、私達の様な存在には使える物が減った。程度でしょう?』

 自身の体を、物と言い切る彼女。


 しかし、俺達にとって、記憶の糸と、それを動かし、複製する、ほんの少しの糸さえあれば、後はどうにでもなる。と言うのは、紛れも無い事実だった。


 『俺の体に紛れ込んで来たのか?』


 『えぇ。貴方の中にいた先客が抜き取られた際に、こっそりと、その隙間へ入らせて頂きました』


 先客と言うのは、クロノの事で間違いないだろう。

 しかし、気絶した彼女はどうやって……。


 『気絶なんてしていませんよ?』

 息をする様に、伝えていない思考を読み取って来る彼女。


 伝えていない部分の記憶や意識に触れられれば、それなりに違和感があるのだが、彼女は、それすらも感じさせずに、俺の思考を探ってみせた。


 『いえ……。先程は、思考を探ったと言うより、予測で返事を返しただけなのですが……。あ、でも、今のは読んで答えていますよ?』

 ……結局、読まれた感覚はしなかった。

 俺が気付けないのであれば、そこに大差は無いだろう。


 それに、俺は一度、クロノの存在を確認する為、自身の中を探ったはずだ。

 その際、彼女と言う存在を見つけられなかったと言う事は、記憶や意識の操作と言う面において、俺は彼女に劣っているのだろう。


 『そうですね。まぁ、その辺り、気になるのでしたら、ご自身で訓練なり、なんなりを行う事をお勧めしますが……』


 興味なさげに呟く彼女。

 正直、俺も、今はそんな事、どうでも良かった。


 『目的はなんだ?』

 

 『話が早くて助かります♪流石、"彼"の元だっただけは有りますね』

 弾んだ声で、心底嬉しそうに、話す彼女。

 彼女の本性を知る俺からすれば、正直、胡散臭さしか感じなかった。


 『そうですね。正直、私も、貴方方と、慣れ合う気は無いので、それで良いです』

 心底興味がなさそうに語る彼女の言葉に、嘘はない様に思えた。 


 『……そうか、となると、目的は……』

 彼女の思考は読めないが、合理的な彼女の考える事は、なんとなく分かる。


 『えぇ、お互いに、利用し合いましょう♪』

 楽しい遊びを見つけたかのように、はしゃぐ彼女は、以前と変わらず、無邪気なままだった。

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