第266話

 「目覚める気配はありませんね……」

 私は、一向に目を覚さない、シェイクさんと言いましたっけ……?

 兎も角、人間の男性の様子を確認しつつ、呟く私。


 彼は、突然森の中から、女性を背負い、現れたかと思えば、不穏な伝言らしき物を残し、意識を失ってしまった。


 「こっちは、生きてるかも怪しいッスよ……」

 私と共に、その現場に居合わせたウサギさんは、シェイクさんが担いできた女性の脈などを測定しつつ呟く。


 そんな私達の周りには、現場を中心に、輪を作る様にして、皆が集まっていた。


 「普通の人間では無いのでは?」

 確かに、外見上、人間にそっくりではあるが、そんな事を言い始めたら、私だって、ルリ様達だって、同じだ。 


 「外見じゃ、そんなの分かんねぇッスよ……。血が出るか確かめるのも嫌ッスし」

 どうやら、判別する方法は考え付いていたらしい。

 しかし、そこは誰にでも紳士な態度ウサギさん。

 そう言う所、誰かさんにそっくりで、私の気に障る。


 でも、まぁ、ウサギさんの場合、その誰かさんと比べて、取捨選択ができ、優先度を間違える事は無いので、いざとなった場合、心配する事は無いのだが……。

 

 (優秀であったら、あったで、ムカつきますね……)

 もう、どう転んでも、ウサギさんとは仲良くなれる気がしなかった。


 「こちらは呼吸もありますし、生きている様ではありますが……」

 私は意識を切り替え、シェイクさんの容態を報告する。


 「目覚めるが早いか、お嬢達が帰って来るが早いかッスね」

 

 「ですね……」

 

 事が起きてすぐに、拠点にいた狼達には森中に響く、緊急集合の遠吠えを複数人で行って貰っていた。


 このまま二人の目が覚めずとも、リミア様達が帰ってくれば、その糸で記憶を探れるだろう。


 と、なれば、私達が、今、するべき事は……。


 「どうしますか?」

 私は、集まってきていた各リーダーを差し置き、ウサギさんの方へと振り向いて、今後の意見を求めた。


 「ボクッスか?!」

 しかし、その行為に、当の本人のウサギさん以外、異議を申し立てる者はいない。


 皆、分かっているのだ。

 彼は、皆を納得させ、或いは反感を買ってでも、話を上手く誘導する事が出来ると。


 そして、その結果が悪い物になる事は無い。

 もし、それでも、悪い状態に陥ったとするならば、誰も、その状況を回避する事は出来なかったと納得ができる。


 ……そう、それだけ、彼は皆に信頼されているのだ。

 私よりも、誰よりも……。


 そして、その皆には、この場にいない、ルリ様や、リミア様達も含まれるわけで……。


 私の中のモヤモヤが膨れ上がって行くのを感じた。


 このモヤモヤは、イライラは何なのだろうか。

 優秀なウサギさんを見ていると、蹴落としたくなる、陥れたくなる。

 皆の前で、私の方が優秀なのだと、叫びたくなる。


 「そうッスね……」

 

 絶対に見せられない心の内側。


 「……まぁ、一、個人の意見ッスけど」


 最近の私は、可笑しいのだ。

 ルリ様の嫌がる様な事を、つい、意味も無く、してしまいたくなったり、こうやって、ウサギさんを見て、モヤモヤする事も多くなった。

 こんな事は初めてで……。いや、初めてだっただろうか?


 「とりあえず、拠点の防寒対策も兼ねた拡張は寒さが厳しくなり前に終わらせたいッスし、助けに行くとしても、前回と同じで、全員で助けに行くって言うのは、無しにしたいッスね」

 

 そうだ。この感じ、生まれたばかりのクリア様に対しても、感じた事がある。

 他の事に必死で、忘れてしまっていた。


 「ダンジョンとやらも、お嬢から聞いた事はあるッスけど、地下に広がる広い迷路みたいな物らしいッスし、助けに行くなら、長期戦になりそうッスよね……」


 前まではもっと、目の前の事に取り組んで入れたのに。

 皆を守ろうと必死で、他を気にする余裕なんて、無かったのに……。


 「そうなると、探索班と、それを補助する補給班、拠点運営班辺りが必要になってきそうッスね……。

 あと、ダンジョンが遠く、かつ、ダンジョン近場に安全な場所が確保できた場合は、拠点を移す事も視野に入れて良いと思うッス。

 ここは川までもそこそこあって、水を取りに行くのも大変ッスし、試作品達の御陰で、手狭にもなって来たッスしね……。

 今度は水を引いて、区画を整理して……。ゴブリンさん達も全部取り壊して綺麗にするぐらいなら、初めから作り直すのも、ありだと思わないッスか?」


 今は多くの仲間に囲まれ、脅威に対する対策も十分。

 それを養う食糧も十分にあり、それに何より。


 「それに、こんな無責任な事を言うのも何ッスけど、今の御主人なら、自分の力だけでも何とかしてくれそうッスからね」


 そうだ。それが私の一番の心配事。

 いや、心配事……だった。

 

 まだまだ甘い所はあるけれど、彼は強い。

 あの、絶望的な状況から、私を助け出し、どうやったかは分からないが、私達を冒す魔力とやらを操り、見事に正気を失ったリミア様までも、無傷で捕らえて見せた。


 確かに、技術無しの筋力勝負ならば、私はルリ様を抑え込めるだろう。

 しかし、私の腕力では、倍近い身長差があるウサギさんには到底及ばない。

 そして、その細い体では、ウサギさんもまた、そこに転がっている人間には、及ばないだろう。


 そして、今回の相手は、少なくとも、人間の女性を運ぶ程の筋力。

 私達と同じ言語を使いこなす、高度な知能。

 遠距離から人間を操ると言う、ルリ様の言う所の、魔法にも似た技術を扱う、知識と技術を持ち合わせている。


 正直、筋力以外でルリ様に勝る要素など無い私が助けに向かった所で足手纏い。

 下手をすれば操られて、良い様に使われてしまうと考えれば、大きなマイナス要素でしかなかった。


 「相手も、御主人たちを殺す気なら、その場でヤってると思うッスしね。それをしないと言う事は、何かしら目的があって……。

 少なくとも、御主人は生きてさえいれば……。いや、死んでも、地獄の窯を内側から開けて帰ってくるッスよ」


 死んでいても……ですか。

 確かに、ルリ様は一度、身体的には死んでいると聞いた事がある。

 その復活劇は、奇跡の様な物らしかったが、今のルリ様なら、或いは……。


 そう考えると、余計に、力が抜けてしまう。

 そして、私の方が、ルリ様の近くにいるはずなのに、私よりもルリ様を理解し、信頼しているウサギさんに、またしても腹が立つ。


 何故だろう?

 何なのだろう、このモヤモヤは。


 ルリ様は度々、私に、私のしたい事を訊ねて来ていたが……。

 今にして思えば、私は、私と向き合った事が無かった。私を知らな過ぎた。


 ルリ様は、こうなる事を予期していたのだろうか?

 だとすれば、私はルリ様、どうこうよりも、まず先に、自身の心と向き合う必要があるのかも知れなかった。

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