第264話

 「ウヴッ……」

 頭がガンガンする。吐きそうだ。

 体に力が入らない。


 (此処は何処だ……?)

 横たわった状態で目を覚ました俺。

 その視界には、薄暗く照らされた地面が映っていた。


 それは、家の地下に広がる洞窟を、俺の明かりで照らしている風景に酷似していて……。

 しかし、当然、俺は光っていないし、こんな大きな部屋も知らない。


 まぁ、ウサギに掛かれば、こんな部屋ぐらい、すぐに作れてしまいそうだが、そうであったとしても、現在の状況は、理解できなかった。


 「ミ、ル……?」

 そして同じく、地面の上に転がる、ミルの姿。


 (なんで、ミルが地面なんかで寝ているんだ?)

 そう、思考を巡らせようとした瞬間、俺は全てを思い出した。


 「ミ、ル……」

 彼女の安否を確認しようと、手を伸ばそうとする俺。

 しかし、腕はおろか、指先一つ動かす事は出来ず、まるで、力の入らない体は、他人の物だと言われた方が、納得できてしまいそうだった。


 「ヴゾォ……」

 舌すらも、まともに回らない始末。

 これでは、とても、移動なんて……。


 (あ、れ……?)

 並行作業で、クロノの安否を確認しようとしていたのだが、俺の中に、全く彼女の存在を感じない。


 (あれか?魔法を食らったせいで、感度が鈍ったのか?)

 そうだ。きっとそうに違いない。

 

 「そう、信じたいか?」

 部屋全体から響く様にして、聞こえてくる声。

 ヤツだ。


 「安心しろ。クロ……。クロナだったか……?は、まだ生きているぞ。それに、リミア達がここへ押し入ってきた反応もない」


 違う。クロノだ。

 そう、言い返してやりたかったが、声にする事は出来なかった。


 「あぁ、済まない。クロノだったな」

 相手はこちらの心の内を読んでいるのか、文章を読み上げる様に、淡々と謝罪の言葉を垂れ流す。


 言葉の抑揚の無さはクロノや、リミアと似ているはずなのだが……。

 やはり、そこからは、感情と言うものを感じ取る事ができず、不気味の一言だった。


 「許せ。俺も……。いや、貴様も、魔力に触れ続ければ、いずれこうなる。……なんせ、"俺"自身が、その証明なのだからな」

 

 ……認めたくは無いが、やはり、"ヤツ"の正体は、白衣の彼女によって生み出された、もう一人の俺。

 その、なれの果てで、間違いないようだった。


 「ふむ。理解が早くて助かるな……。では、追加の情報を……」


 (?!……何だこれ?!)

 響くような彼の声が納まると、突然、地面だと思っていた物が、うねうねと動き出し、俺に絡みつく。

 

 (では、続きだが、この洞窟は全て、私の糸で出来ている。詰まり、貴様らは、私の体内に取り込まれたと同義な訳だが……)

 当然の様に脳内に響いてくる彼の声。

 それは、的確に俺の疑問を解消し、新しい疑問を生んで行く。


 (当然、貴様らを殺すつもりはない。そのつもりがあれば、当の昔にそうしているからな)


 「…………」

 俺は静かに歯を食いしばる。

 ……悔しいが彼の言う通りだ。


 一瞬、俺になり替わろうとしたのかとも考えたが、そうなった場合、俺を生かしておく必要がない。……いや、リスクになり得ると言っても良いだろう。

 詰まる所、彼にその気であれば、もう、俺はこの場にいないと言う訳だ。


 (貴様は勘違いをしている様だが、俺は……、私は、私の意志で、こちら側を選び、気を失っていた、貴様を元の体へ返したのだ)


 だから、俺の立場を奪いに来た訳ではなければ、その気も無い。そう伝えたいのだろう。


 (ふむ……。本当に、自身との会話は楽で良いな……)

 その点、何を考えているか分からない、こちらとしては、同意しかねるが。


 (しかし、元が同じとあらば、信じられる物もあるであろう?)

 ……元まで、変質していなければ、或いは……。

 

 (それで十分だ。では、話を続けるぞ?)

 好きにしろ。

 どう足掻いた所で、ミルたちを人質に取られ、身動き一つとれない俺に、従わないと言う選択肢は無い。


 (結構)

 どこか満足げに呟く彼。

 やはり、少しは人の心が、延いては、俺の信念が残っているのかもしれない。

 ……まぁ、それも、仲間に手を上げた時点で、怪しい物ではあるが……。


 (そう、それだ)

 ……それとは、一体何の事なのだろうか?


 (貴様には厳しさを身に着け、ミルと共に、この地下迷宮から抜け出してもらう)

 …………?

 それが、こいつの目的なのか?


 (勿論、ただの迷宮ではないぞ?私だけでは処理しきれない魔力を消費する為、生み出された、あるいは自然発生した、"魔物"が闊歩している。

 それも、この地下での生存競争から生き残る様、進化してきた精鋭揃いだ。もはや、私が制御しきれない猛者も、多数、生まれている。そんな猛者達と、リミア達がぶつかれば、どうなるだろうな?)


 ッ……!

 なんだそれは!

 それだけの為に、皆を巻き込んだのか!?

 それ程、危険な事に!?


 (あぁ、そうだ。他人を危機に晒さなければ、貴様は変われないだろうからな)


 そんな事は無い。とは、言いきれない自分がいた。

 しかし、だからと言って、皆を巻き込んで良い理由には……。


 (それを考えた所で、状況が変わるのか?)


 お前は、俺じゃないのか?

 散々、それを疑ってきたと言うのに、そんな都合の良い言葉が一瞬、頭をよぎってしまう程に、俺は追い詰められていた。


 (そうだな……。元が貴様であるからこそ、貴様が考えているであろう、全ての思考は考慮した上で、現在の行動へと至っている。初めから交渉の余地など無いのだよ)


 …………。

 最悪だった。

 最悪だが、納得できてしまった。

 ヤツを説得するのは不可能だと言う事が。

 絶対に分かり合えないと言う事が。


 (……さて、お互い時間は惜しいだろう?実りの無い話は終わりにして、本題に戻らないか?)

 ……そうだな。俺達もいち早く脱出しないと、助けに来るであろう、リミア達に危険が及んでしまう。


 それこそ、下手をすれば、最悪の事態に……。

 その可能性を少しでも減らす為に、一秒でも早く、この洞窟から抜け出したかった。

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