第263話

 「行くぞ、ミル」

 現在、ミル達親子が暮らす、掘建小屋の前。


 「…………」

 ミルは父親であるシェイクさんの後ろに隠れ、一向に離れる気配がない。


 「ミル?精霊様の御言葉には従うべきだぞ?」

 その父親も、俺が娘に悪い様な事をしないと確信しているのか、その背中を押す。


 しかし、その言葉に、イヤイヤと身を揺らすミル。

 

 (食べる?)

 未だ俺の中に居座り続ける黒いの改め、名前がないそうなので、クロノと名付けた彼女は無機質な声で、俺に聞いてきた。


 (コイツらは仲間だからダメだ。それに、ついさっき、朝ごはんは食べたばかりだろう?)


 一度、調子に乗った彼女は満腹感の向こうにある、食べ過ぎという名の苦痛を、身を持って知っている。

 なので、それを知ってからは、無闇矢鱈に食欲を満たそうとする事も無くなっていたのだが……。

 

 (命、無闇に奪う、良くない。なので、食べる)

 俺がクロノの真意を推し量りかねていると、それを察してか、彼女は口を開いてくれた。


 (ええっと……?詰まりは、命を無駄にしない為に食べるって言う事か?)

 俺の質問へ静かに(そう)と答える彼女。


 そうなると、彼女は食べるよりも、命を奪う事に重きを置いている事になり……。


 (な、何はともあれ、仲間を殺すのは駄目だからな!)

 どう対応するべきか分からず、混乱してしまったが、兎にも角にも、こちらのスタンスだけは伝えておく。

 今の俺にはそれが精一杯だった。

 

 (人間病患者……)

 クロノがぽつりと呟いた、そのフレーズは、この頃、ウサギやコグモ、リミアと言った面々から投げかけられる、それだった。


 (なんだよ!お前まで!と言うか、どう言う意味なんだよ!それ!)

 少なくとも、褒められている気はしないし、本人達にその気がないのもわかる。


 (知らない。リミア、言ってた)

 知らない訳は無いだろうに。

 しかし、自身の口から伝える気はないらしい。


 リミアとクロノ。

 始めの内は、俺の体からクロノを引き摺り出そうとしていたリミア。

 しかし、話をしている内に馬があったのか、名前のないクロノに名前をつけてあげる様、提案してきたのもリミアであったし、最近は俺を差し置いて、糸で繋がりあって内緒話を始める始末だ。

 きっと、今の話もその時聞いたのだろう。


 まぁ、話し相手が出来たお陰か、クロノも多少丸くなって、ある程度、言う事を聞いてくれる様にはなって来たのだが……。


 (鈍感……)

 無機質な声で有りながら、呆れている事が十分に伝わって来る呟き。

 何が鈍感なのかは分からないが、少なくとも、一つだけ分かる事がある。


 (おい!お互いの思考を読むのは禁止だって言っただろ?!お前が約束を破るなら、こっちだって!)

 

 (読んで無い。気の所為、偶然)

 どうやら、知らぬ存ぜぬで通すつもりらしいが……。

 まぁ、この焦り様だと、今の件に関しては反省している様だし、許してやるか……。


 「……はぁ……」

 俺は思わず俯き、溜息を吐く。


 くそぉ……。最近、こんなのばっかりだ。

 毎日、毎日、我慢の連続。


 家ではリミアとクリアに弄ばれ、それを抜け出しても、コグモとウサギの口車によって、行動を制限される。

 課題である、ミルの教育もこのありさまで、体の同居人にまで、馬鹿にされる始末。

 王様なんて、名ばかりだった。


 「……ふん。それも、これも、お前の覚悟が足りないせいだろう?」

 聞き覚えの無い声。

 しかし、話している言語は、俺達しか使えないはずの、日本語だ。


 「……"俺"か?」

 なんとなく予想の付いた俺は、そう呟きながら、顔を上げる。


 「ッ……!!」

 しかし、目の前に現れたのは、こちらの予想を大きく裏切る物で……。

 俺は思わず、絶句し、臨戦態勢を取る。


 「そうだ」

 そう呟く何かは、人の姿をしていた。

 いや、正確には人の死体の姿をしていたと言うべきか。


 それは、ガタイの良い体形をしており、その肩には、白衣を着た人を背負っていた。

 この位置からでは顔は見えないが、この世界を作った白衣の彼女で間違いはないだろう。


 「では、行くぞ、俺」

 様子見をしていた俺に向かって、傷んだ死体は足を蹴り上げてくる。


 なぁに、避ける必要はない。

 ここは蹴りを受け止め、そのまま纏わりついて、傷んだ傷口から体内に侵入すれば……。


 「カハッ……!!」

 瞬間、俺は耐えがたい苦痛を感じて、纏わり付く事もできずに、吹き飛ぶ。

 痛みを感じないはずの俺が、だ。


 「おいおい、どうしたと言うのだ?そんな驚いたような顔をして……。お前だって、使っていただろう……?魔法さ」 


 「クッソッ……!!魔法って事は、痛みの感覚を足を通して、直接、俺に流し込んだって事か?」

 痛みを堪えつつ、立ち上がる俺。


 (よし、やっぱり、物理的なダメージは無いな)

 糸で出来た俺の体は、予想通り、いくら強く蹴られた所で、何の物理的損傷もなかった。

 

 それに、今の痛みも耐えられない程では無い。

 十分、勝機はあるはずだ。


 「あぁ、覚悟が決まった目をしているところ悪いが、今の一撃で狙ったのは、お前の中に居る、月夜のレプリカだぞ?」


 (月夜?レプリカ?)

 彼が何を言っているかは分からない。

 しかし、俺の中に居る存在を狙った攻撃と聞いて、嫌な汗が出る。


 (おい……。クロノ……?大丈夫か……?)


 (………………)

 

 恐る恐る声を掛けて見るが、全く反応がない。

 

 「おい!!クロノに何をした?!!」

 大声で吠えれば、それと呼応するように、怪我一つない体が、軋むように痛んだが、今は、そんな幻覚に構っている暇は無い。


 「心配するな、一時的に意識を奪っただけだ。ソレは、暴走すると危ないからな」

 「まぁ、信じるか、信じないかは、お前次第だがな……」と、呟きながら、銃を模した様に指を組むと、その指先をミル親子に向けた。


 「やめろぉぉぉぉ!!」

 俺は糸を飛ばしてその指先を逸らそうとするが、所詮、糸の力では、肉体を持つ生物の力に抗える訳も無く……。


 「グワァァァァァ!!!」

 それ所か、糸を通して魔力が伝わってきてしまう。


 バタリ。

 静かに、その場に倒れる二人。

 彼らに向けられた、魔力の一端に触れてしまった俺も、体が痺れて動かなくなってしまった。


 「……ふむ。間接的な魔法も、十分な精度に仕上がっているな……」

 少し満足げに呟く彼。

 それが、初めて、相手が感情を持つ生物だと、感じられた瞬間だった。


 「おい、立て」

 彼がそう言うと、シェイクさんは、操り人形の様に、ぬるりと立ち上がる。

 全く意識が無い……。と言うよりは、一種の催眠状態のように見えた。


 「よし、お前には、伝言と配達を頼むぞ」

 そう言って、男は、白衣の彼女をシェイクさんに渡す。


 「そうだな……。伝言は、皆に、ルリと、ついでに人間の少女を頂いて行く。返して欲しくば、ダンジョンまで来い。と、伝えてくれ。詳しい場所は、月夜……。その女が知っているともな……。さぁ行け!」


 その言葉に、シェイクさんは頷くと、倒れたミルに見向きもせず、拠点へ向かって歩き始める。


 (おい!!行くな!!皆にそんな事を伝えたら、あいつらは絶対……!!クソォッ……!!クソッ!!クソッ!!)


 ミルを背負った男は、一人、声も出せずに、地面を嘗めていた俺を、ひょいっと摘まみ上げると、目線の合う高さまで、俺を持ち上げ……。


 「ふむ。流石に、このままでは危ないか」


 「ッ………!!」


 瞬間、頭を揺さぶられるような感覚。

 俺の意識は、そこで途切れてしまった。

 

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