第262話
「……いや、お前は悪魔になんてなれないさ。なんせ、悪魔は人を気遣ったり、妹を、他人を愛したりなんてしない」
俺は彼女に背を向け、語り掛ける。
「いえ……。私は妹を愛したりなんてしていませんでした。私は妹を愛すると言う私の心という物に興味が湧いていただけで……」
俺の肩から手を離した彼女は、自身の片腕を掴みつつ、俯く。
「それが分かれば十分だ。それに、今回は頭を下げた俺に付き合ってくれただろう?きっと次は間違えないさ……」
「いえ!それは、貴方が私の興味を惹いて、上手く利用してからで!!」
何かを察したのか、焦り始める彼女。
そうだ。俺は彼女を利用した。
彼女の興味を惹き、罪を重ねさせ、真に他人と係わると言う事を教えた。
一緒に実験を行い。失敗に悲しみ、成功に喜び、時に問題を提起し合って、感情と時間、心と言う物を分かち合った。共有し合った。
彼女は人との関わりを知らなかっただけなのだ。
そして俺も、他人の記憶に蝕み続けられると言う、今まで経験した事のない世界へと足を踏み込んで行いる。
無数の魔力が俺を飲み込んで行く様に、彼女も人の心と温もりに飲み込まれて。
これから、俺は人を失い、彼女は人になって行くのだろう。
「まって……。お願い。私はもっと、利用できる筈ですよ……?」
不安げな彼女からは、もう、悪魔の面影も神の様な神性も感じなかった。
神は一人の人間にそそのかされ、感情と言う甘い果実を知り人になった。
俺は多くの人の意識に呑まれ、自身の中だけで完成された世界の住人となり、全てを意に介さない、それこそ神の様な存在になるのだろう。
「いいや、この場合は魔神か……」
「まって!それじゃあ、貴方は!!」
一人笑う俺に、一瞬で糸に呑まれた彼女が、それでも必死に手を伸ばしてくる。
「俺の事なんて忘れて、普通の暮らしをしろ。そんでもって、妹さんに謝る覚悟が決まったら、向こうの世界にでも、戻るんだな」
彼女曰く、その体はただのアバターで、いつでも意識は元の世界に飛ばせるようだし、人の心を知れた今では、その覚悟さえ決まれば何の問題も無いだろう。
人の心を理解し、妹さんと仲良く暮らす。それが、彼女の本来の目的なのだから。
「~~~……!!」
最後まで藻掻きながら、糸の床に飲み込まれ、消えて行った彼女。
糸を接続して、意識を奪った後に、危険が無いよう、オリジナルの拠点の傍にでも捨てて来るとしよう。
「後は……」
自身が行うべき仕事を思い浮かべ、その重要性と、膨大さに再び思考の海へと沈んでしまいそうになる。
「……っと、先ずは、コレをオリジナルの元へ届けなければな」
再び目を覚ました所で何ら問題は無いが、面倒やリスクは少ない方が良い。
俺は丁度良い肉体を見繕い、乗っ取ると、気を失った彼女を担ぎ上げ、地上に向かう。
「……と、なると、その為の最善手は……」
すでに、俺の思考は、目的までの経路を模索する事で一杯になっていた。
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