第261話
「リミア!!クリア!!今日と言う今日は許さ、うぉっ!!」
逃げたリミア達を追う為、家を飛び出した俺は、見事に、足元に張られた糸に足を取られすっ転ぶ。
「べぇー……。コグモとイチャイチャして鼻の下、伸ばしてるのが悪い。……クリア、早く行く」
「了解です!いっけぇ!ファースト!逃げるが勝ちですよ!!」
そうこうしている内に、ファーストに跨った二人は、俺を馬鹿にしながら、森の中へと消えて行った。
「クッソぉ……。あいつ等、帰ったら覚えてろよ……」
服に付いた土を払いながら、起き上がる俺。
「まぁまぁ、良いじゃないですか。あれも、元気な証拠ですし……」
後から追いついてきたコグモが、そんな言葉で俺を宥める。
「はぁ……。良くもまぁ、毎日毎日、朝早くから、飽きないもんッスね」
その声に振り向けば、首元にタオルを掛けたウサギが、呆れ顔でこちらを見ていた。
まだ、日が登って間もないと言うのに、もう、新しく手に入れた、道具で木の加工を始めている様だった。
「ヴォハヨウ!」
その後ろで働いていたゴブスケが、他のゴブリン達の輪を抜け、声を掛けて来る。
どうやら、ウサギ同様、建築作業や新しい道具の開発を進めているらしい。
「お前ら、本当に朝早くから精が出るな……。よし!俺も何か手伝うぞ!!」
「いや……。御主人は、他にやる事があるッスよね?」
「あ……。いや……、ミルの所に行くにはまだ早いし……」
「何言ってるんスか。もう太陽が出てるんッスから、まだ寝ている様なら叩き起こしてやれば良いんスよ」
「そうですよ。父親の方は兎も角、娘さんは仕事もせず、父親にべったりで……。父親の仕事にも支障が出るレベルです。他の皆は何かしら仕事をしていると言うのに……。あれでは示しがつきませんよ?」
「その通りっス。ただでさえ新入りで、立場が無いんスから、しっかり働いて、仲間の一員だと皆さんに分からせないと……」
「もしかしたら、知らぬ間に、ルリ様達の朝食として振舞われてしまうかも知れませんね♪」
フフフッ。ニシシッ。と、二人が悪い笑みを浮かべる二人。
何故か、最近、この二人の息がぴったりなのだ。
それも、俺を追い詰める時は、特にそれが顕著で……。
「あ~~!もう!分かったよ!やれば良いんだろ?!やれば……!!よぉし!今日と言う今日はガツンと言ってやるからな!!」
そう意気込みながらも、娘二人の手綱すら握れていない"俺"を見て、二人はあきれ顔を浮かべていた。
きっと、二人は"俺"に、厳しさを身に着けて欲しいのだろう。
多分、そんな事、オリジナルの"俺"は気付いてもいないのだろうが……。
「また見ているんですか?」
その声で"こちら"に意識を引き戻された俺は、画面から目を離し、振り返る。
すると、当然、そこには白衣の女性。いや、今は
兎に角、いつも通りの彼女が立っていた。
(こっちが俺の現実だよな?)
全てがふわふわしている。
怠い。面倒くさい。全てに対してやる気が起きない。
興味が湧かない。
「あぁ……」
俺は振り絞った気力で、返事をする。
しかし、どうも、気のない様な返事になってしまい、気まずくなった俺は画面へ向き直った。
(違うだろ?考える事が面倒になって逃げただけだ)
分裂してしまった俺の意識が、嘲笑って来る。
目の前の現実よりも、その声の方が、よっぽど俺の心を揺さぶった。
「うるさい……」
思わず頭を抱えるが、今、行った頭を抱えると言う行為が、発した声が、現実で行った事なのか、意識の中だけで行った事なのか、それすらも、あやふやだ。
もう、既に俺は正気ではない。
そんな事、当の昔に知っている。
いつ、意識下で行っている魔力の浄化を、現実で行い始めてもおかしくはない。
それ程に、俺の世界は曖昧になっていた。
「羨ましいんですか?」
画面の前から立つように、腰を上げた俺に、背後から彼女が問い掛けて来る。
「いや……」
その問いに動きを止める俺。
羨ましくないとは答えられなかった。
いや、正確には羨ましいと言う感覚が分からなくなっていた。
本来なら、そう思うべきなのに。
最初の内は、強がる心の隅で、そう思って居た筈なのに。
俺の世界は思考の中で、数多の魔力と絡み合い、無限に続いているから。
その無限が、濃厚な空想内の感覚が、現実と思考の狭間を分からなくして行く。
何もかもに現実感がない。全てが幻想で、夢の中。
思考の中で全てを感じられる俺の世界は、外部からの刺激を排し始めているのかもしれない。
知らぬうちに、知らぬふりをしている内に、また、人から遠ざかっていた。
「クソッ……!!」
あぁ、怒っている。
俺はまだ怒れている。
大丈夫だ。正常だ。まだ人間だ。
「正常だよな?」
頭を押さえつつ、誰に聞くでも無く、呟く俺。
そんな奴が正常じゃぁ無いなんて、今の俺でも分かる事だ。
あぁ、イライラする。
恐怖に、不安に、思い通りにならない現実に。
今の俺に残るのは怒りだ。
怒りと言う感情だけだ。
それはとても怖い事な筈なのに、未だ、現実から何かを感じ取る事ができている自分に安心してしまう俺がいる。
怒りの感情に、心地良さを覚えてしまう自分がいる。
「大丈夫です。貴方は正常ですよ?狂った私が保証します」
そう言って、座り込む俺の肩に優しく手を置く彼女。
「クフフふふっ……」
何だそれは。
あの冗談一つ言わず、興味の赴くままに動いていた彼女が、こんな風に俺を気遣う様になるとは。
全くもって、今の俺よりもよっぽど人間らしいでは無いか。
「前にも言ったが、ここで学べる人間らしさはもう無いぞ?早く、オリジナルの俺の下へ行った方が良い」
「いえ……。私も、前に言いましたが、この実験場を手放すつもりはありません。それに、貴方が、私に力を貸して欲しいと頭を下げて頼んだのでしょう?
地面に頭を擦り付けて、私の興味をそそる言葉で誘惑して、悪魔になる覚悟を見せたのでしょう?」
……そうだ。今の俺は、きっと、昔の俺では許せない様な事をしている。
しかし、それにも慣れ、今は何も感じなくなってしまった。少なくとも、その事実を忘れてしまう程に……。
その内に、現実と意識下の世界の区別が付かなくなり、魔力に、他者の欲望に、記憶に、意識に飲み込まれてしまうのだろう。
そうなれば本物の悪魔の誕生だ。
「……そうですね。もう一人の貴方が王になったのですから、一層の事、貴方は魔王にでもなって見ては?」
「そうなれば、私は魔王の手先の、悪魔……。良い響きですね」
楽しそうに微笑む彼女。
しかし、やはりと言うべきか、そこからは、以前感じた探求の狂気を感じ取れなくなっていた。
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