第259話

 リミア様が語った、ずっと一緒に居たいと言う本音と、それでも皆を一番にできないと言う本音。


 付いて来いとも言わず、付いて来るなとも言わず。

 私達に選択を任せ、彼女は、ただひたすらに待っている。

 

 「もう一度聞くッスけど、皆さんは、どうしたいんッスか……?その答えを、付いて来てくれる人達に話してみるッス」

 ウサギさんはそれだけ言うと、踵を返して、皆に背を向ける。

 

 「まぁ、皆さんがどう答えようと、ボクは御主人に付いて行くだけッスけどね~……」

 そう言いながら、その場から去ろうとするウサギさん。


 「あ……」

 しかし、突然、思い出したかの様に声を上げたリミア様に、彼は足を止め、どうしたのかと言った表情で振り返る。


 いや、彼だけでは無い、皆の視線が、少し顔を上げて固まったリミア様に集中していた。

 

 「…………」

 リミア様のすぐ隣にいたクリア様は、その何とも言えない空気と、視線から逃れる様に、コソコソと、固まっているリミア様の後ろへ姿を隠して、ちょこんと、皆の様子を窺うように、少しだけ顔を覗かせる。

 その可愛らしい姿だけが、この空間での唯一の癒しだった。


 「……どうしたんッスか?何かあったッスか?」

 この空気の中で、唯一自由に話せるウサギさんは、再びリミア様の方へ向き返ると、皆に代わり質問してくれる。


 「あ……。いや……。なんでも……。無くはない、けど……。これ、私が言うのは、良くないかも……」


 「えぇ……。なんスか?勿体ぶらないで下さいよ。気になるじゃないッスか」

 伏せた視線を泳がせながら、言い淀むリミア様に、食いつくウサギさん。


 「でも……」

 しかし、リミア様の反応は芳しくない。


 「皆さんも気になるッスよね?」

 押しが足りないと見るや否や、こちらに話を振って来る。

 しかし、これは皆の為と言うより、本当に彼が、その先の発言を気にしているからなのだろう。

 辛うじて理性で冷静を装っては居るが、その目の奥には先程までとは違い輝いていた。


 ……とは言え、私を含め、皆がその先の発言を気にしているのは確かだ。

 頷く者、無言で視線をリミア様に戻す者。

 誰一人、言葉は発さずとも、皆の意思はしっかりとリミア様に届いた。


 「ん……。ん、と……」

 それを受けて、目線を下に泳がせたままではあるが、口を開く石を見せるリミア様。

 

 「…………」

 皆は静かにその時を待つ。


 「……私に、皆と一緒に居たい、と言う権利はない……。でも、ルリならって……」


 (……成る程、その手が有りましたか)

 それならば、この事態、丸く収められる可能性が高くなる。

 しかし、その場合、ルリ様の立場が……。


 「……そうっスね。確かに、ご主人は誰に、何があろうと、分け隔て無く助けに行くでしょうッスし、今、こうやって皆さんが無事、拠点も失わず集まれているのも、ご主人のお陰ッスからね」

 頷きながら、皆に聞こえるよう、話すウサギさん。

 どうやら、彼も、ここはルリ様に全てを擦り付ける方が、良いと言う結論に至ったらしい。


 「リミアのお嬢さんも、クリアちゃんも、御主人に首っ丈みたいッスし……。ここは、どうッスか、皆さん?本心はどうあれ、形上だけでも、ご主人の配下になるって言うのは?」

 先程まで、本心で相談し合うよう仕向けていたウサギさんは、手のひらを返したかのように、皆へ延命措置を提案した。


 (切り替えが早いと言うか、何と言うか……)

 思わずため息が出そうになるが、私もその案には賛成だ。

 ここにいる殆どの主要人物は、ルリ様を信頼しているし、たとえ形だけの纏まりであったとしても、ルリ様なら、そんな人達を本当の仲間にしてくれそうだった。


 「ザンゼイ!!」

 「ザンゼイ!!」「ザンゼイ!!」

 ウサギの案に皆が思考を巡らせる中、楽し気に元気に声を上げたのはゴブスケさんとその一派だった。


 まぁ、彼と、彼の一派は元々ルリ様を慕い付いて来た者達だ。

 ウサギさんとも仲良く、共に集まり、図面や素材等を見て思案してしている場面を多々見かけるので、今回の彼の決定にも異論が少なかったのだろう。


 こうなってしまっては、もう止められない。

 まぁ、知らぬ間に祭り上げられるルリ様には、申し訳ないとは思うが、それは尊い犠牲だと言う事で、我慢してもらおう。


 「私もその案には賛成です。今回の件は、急いで答えを出すような話でもないですし、仮の長……、いえ、王を立てつつ、お互い、様子を見ながら、今後の方針を決めて行けば良いと思います」

 私は、話をしながらも、未だにリミア様の陰に隠れているクリア様に視線をやった。

 すると当然、私の話を聞いていたクリア様と目が合う。


 怯えると言うよりは、戸惑うような視線。

 どうしたら良いのか分からないのだろう。


 その、隠れている姿も可愛いのだが、彼女に付いて来ている人たちもいる以上、今回の決定に一言も、言葉を発さないと言うのは流石に不味い。

 そして、おそらく、それは彼女も察している。

 にもかかわらず、話し出すタイミングが見つからない為、戸惑っているのだろう。


 「……ですよね?クリア様?」

 私は自然にクリア様に話を振って差し上げる。


 「は、はい!良いと思います!パパは優しいので、ファースト達もきっと気に入りますよ!」

 リミア様の陰から飛び出すと、声高らかに、その小さな掌を眼前で握り締めながら宣言するクリア様。


 その声と可愛らしい姿を見て安心したのか、余りルリ様を知らないファースト達の緊張の糸は解れた様だった。


 と、最大の難所を落とした所で、残りの視線が、リミア様の下へ舞い戻る。


 「ん?私……?私は、勿論、それで良い。後は、皆の選択次第」

 完全に顔を上げたリミア様は、そう話した後「でも……」と、小さく呟き、再び俯き気味になってしまう。


 「……でも。我儘かもしれないけど。皆と仲良く暮らせたら、嬉しい……」

 いつも大人びた彼女が、恥ずかしげに呟く。

 彼女がそんな我儘を言えるようになったのも、ルリ様と言う存在があるからこそなのだろう。


 彼なら、皆を纏め上げ、幸せにしてくれる。そう確信しているからこそ、出た我儘なのだ。

 

 勿論、私達が信頼されていなかったという訳では無い。

 ただ、リミア様が、心置きなく頼る事の出来る相手がルリ様だけだと言う話だ。

 

 ……しかし、私達も、信ずる物なく、リミア様の下に仕えて来た訳では無いのだ。

 それなのに、その頼れる特別がルリ様だけだと言うのは納得が行かない。


 私達だって、これ程力を付けていると言うのに、主に子どもらしい顔一つさせてあげられないなんて……。

 その思いだけで、リミア様について来た私達が奮い立つには、十分だった。


 「シャァ」

 「ヴァァ」

 「えぇ……」


 私達三人は視線を合わせると、頷き、リミア様の前に立つ。


 「ん……。どうした?」

 少し不安げに呟くリミア様。


 「ルリ様の下に付く事に、私達は異論有りません。……しかし、私達の主は変わらずリミア様です。その事だけは、お忘れなき様」

 私達はそれぞれ頭を下げる。

 今の彼女がどんな表情をしているかは分からない。


 「ん……。ありがと……」

 しかし、その喜びに満ちた様な優しい口調は、生涯忘れる事など出来ないだろうと思った。

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