第258話
「……皆、今までありがと……。それと、ゴメン」
皆の前へ立つや否や、突然、頭を下げるリミア様。
その姿に、ウサギさんと私を除いた全員が、面を食ったかの様に、動きを止め、辺りは静まり返る。
「この群れは、私が始めた事。全員が全員じゃ無いけど……。少なくとも、コグモや大ムカデ、コトリにウサギは私が群れに引き入れた。
それに、引き入れた理由はどうあれ、一緒に暮らしている内に、ずっと一緒にいたい人達になった」
頭を下げたまま淡々と語るリミア様。
しかし、その言葉と想い。ずっと一緒に暮らしてきた私達にはしっかりと届いた。
ウサギさんは満足気に頷き、大ムカデは初めて受け取る素直な好意に取り乱し。
コトリは静かに、真剣な表情で、彼女の言葉を受け止める。
「でも……。それでも、私はルリに好きになってもらえない事が悲しくて……、皆を置いて逃げた。
皆と暮らす、二度目のチャンスがあっても、ルリの命を心配して、策も無く自ら危険の中へ飛び込んだ。
多分、これからも同じ様な事をしてしまうと思う。
皆の事が幾ら好きでも、私の一番はルリだから……」
頭を下げたまま黙り込んでしまうリミア様。
皆の事も好きだが、ルリ様はもっと、特別な好き。
その言葉は彼女の本心なのだろう。
だから、何かあった時、リミア様は、何より先にルリ様を優先する。
私達との幸せを手放してでも、ルリ様の下に駆け付ける。そう、明言したのだ。
だから、私は皆のリーダーたり得ない。
彼女は言外にそう語っていた。
「………………」
頭を下げ続けるリミア様。
皆、本当は今すぐにでも、その顔を上げさせてあげたいのだろう。
しかし、それは、少なくとも、配下を持ってしまった者たちには、安易に選択できない道だった。
私はどう答えるべきだろうか?
私自身、私兵の小蜘蛛達は独立していると言っても過言では無いので、話がどう転がろうと、例え、小蜘蛛達と道を分ける事になろうとも、何だ心配はしていない。
それならば、身軽な私が一番にその肩を叩くべきなのだろうか?
いや、それでは、肩を叩けない他の者達の立場はどうなるの?
「…………」
皆悩んでいるのか、静寂が続く。
まるで時間が止まってしまったかの様だった。
「……?どうしたんッスか?皆さん」
と、そんな中で、ウサギさんが素っ頓狂な声を上げる。
静寂に包まれたこの空間で、そんな事をすれば、当然、私を含めた全員の視線がそちらへ向いた。
「なんスか!?なんスか!?皆さん、急に黙ったり、こっちを見たり、怖いッスよ?!」
それに対して、皆の緊張をほぐす様に大袈裟なリアクションを取るうさぎさん。
いや、彼なら、素なのかも知れないが……。今はそんな事、どうでも良い。
「……だんまりっスか。……良いッスよ。それなら、言いたい事、言わせてもらうだけッスから」
私を含めた皆が、ウサギさんが次に発するであろう言葉に、意識を集中させている。
「難しい事は抜きにして、皆さんはどうしたいんッスか……?少なくともボクは今まで通り、好きにやらせてもらうッスよ。今までだって、誰かの下に付いた覚えはないッスしね」
そういって、ウサギさんは、ほんの一瞬。
私だけが気付くよう、視線を合わせて来た。
(……あぁ、そうですか。結局、私は、そう言う役回りですね……)
同じ道化を演じるなら、踊らされるより、踊らせたいものだが。
いや、今回は、ウサギさんの掌とは言え、皆を踊らせる側に立てているのだから、進歩したと言う事だろうか。
それでも尚、ウサギさんの掌だと気づいても、自ら踊らざるを得ない。
その事実に、イラつき、呆れ、不甲斐なささえ感じる。
……が、今はウサギさんの誘いに乗るのが一番だろう。
なので結論、私がどう感じようと、ウサギさんの思うがままなのだ。
大丈夫、皆の視線はウサギさんに釘付けで、私の事など見ていない。
私は覚悟を決めると、静かに息を吸い込む。
「そんな事、身軽な貴方だから言えるんです!!私達の様な、慕って付いて来てくれる者がいる立場では、そう簡単にっ……!!」
「んなら、その慕って付いて来てくれる人達に聞けば良いじゃないッスか。ボクは、私はこうしたいんだけど、どう想う?って……。
他人の気持ち、それも付いて来てくれる全員の考えを、自分一人で考え込んで、分かった振りして、纏めようなんて、おこがましいにも程があるッス。
ほら……。少なくとも、目の前で頭下げてるリミアのお嬢ちゃんは、それを良く理解してるみたいッスよ?」
そう言うウサギさんの目線に釣られ、皆がリミア様に視線を戻す。
……そこでは、未だにリミア様が頭を下げ続けていた。
急かさず、口を挟まず。静かに、私達の返事を、気持ちを、答えを待ってくれていた。
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