第255話

 「ルリ様……。機嫌が直っていると良いのですけれど……」

 日の入りと共に、食糧の回収を切り上げ帰って来た私。


 一通り、食事の準備も済んだ為、未だに、戻って来ていないと言うルリ様達を迎えに行く事になったのだが……。


 「こう言うのはウサギさん向きですよ……」

 一方的とは言え、ルリ様と喧嘩別れの様になってしまった、私の脚は重い。

 しかし、ウサギさんの体格では、この居住区に侵入できない為、仕方が無かった。


 (まぁ、この廊下なんて、私の体格でも手狭に感じる程ですし……。これ以上大きくなる様だと、もう、ここは使えませんね)

 なんて、思考を逸らしながら、ルリ様達が居るであろう、彼らの部屋へ向かう。


 (……静かですね)

 部屋の前に着いた私は、その静けさに一抹の不安を覚えるが、案外寝ているだけかもしれない。


 寝ているなら、この気まずい対面も先延ばしにできる。

 そう思うと、少し心が軽くなった。

 

 コンコン。

 ルリ様達が寝ていた時の為に、小さく部屋の扉をノックする。


 (……返事は無い、ですか……)

 私は小声で「失礼します……」と言い、ゆっくりと、覗き込むようにして、扉を開けた。


 「…………」

 ベッドの上、睨み合うような形で、二人で片方づつ、ルリ様の両腕を占領していた、クリア様と、リミア様。

 そんな二人の視線が、私の方へと向いていた。


 (お二人とも、目覚めてから、ずっと、ああしていたのでしょうか……)

 と言うか、クリア様?薄い掛布団の下から覗いているそのシルエット。もしかして、裸なのでは?


 呆れると言うか、何と言うか……。本当に、ルリ様が好きなのだと、一周回って、感心してしまう程だ。


 因みに、当のルリ様と言えば、そんな二人に挟まれ、安らかな表情で熟睡している。

 彼もまた、肝の据わっている様に見えて、何も気付いて居ないだけなのだろうと思うと、溜息が出そうになった。

 

 「コグモ。ただいま戻りました」

 頭を下げる私に、二人はルリ様の腕へ、よりいっそ、強く抱き着く事で答える。

 

 (完全に警戒されてますね……)

 三人の間で何があったかは知らないが、ルリ様を渡さないと言う、強い意志だけは感じ取れた。


 しかし、まぁ、それはそれとして、私は二人に、特に、リミア様から聞きたい事が山ほどある。

 山ほどあるのだが、それを聞き始めては、多分、お説教が止まらなくなってしまう自信があった。


 それに、今は精神状態が安定している様だが、今後どう転ぶかも分からない。

 そう考えると、少し時間を置いて、様子を見てからにした方が良い気がした。


 「……お二人とも。そんなに強くルリ様の腕を掴んでは千切れてしまいますよ」

 私は二人の警戒を解く様に、軽口を叩くと、その目の前を横切って、締め切っていた窓の戸を開く。


 すると、たちまち、静かで、暗い部屋へ、程よく、外の喧騒と火の明かりが流れ込んできて……。


 「今日は、ルリ様の御陰で、食糧が山ほど手に入りましたので、皆、お祭り気分ですよ?」

 私は笑顔で二人をそそのかす。

 ……しかし、やはりと言うべきか、そんな事で動くほど、二人は子どもでは無かった。


 「ほら、リミア様は、皆に無事を伝えないといけませんし、クリア様も、急にいなくなってしまったので、皆、心配していましたよ」

 子どもでないならば、大人らしく、理由を付けて連れ出すだけだ。


 私は、外の活気が。二人を待つ皆の存在が溢れ出る窓を背に、二人に語り掛ける。

 すると、私の狙い通り、二人の、ルリ様に抱き着く力が弱まった。


 (後は時間の問題でしょうけれど……)


 「それに、今日は人一倍、ルリ様が頑張っていましたしね……。少し、ゆっくりさせてあげては、如何いかがですか?」

 私が最後の理由付けをして差し上げると、二人は、お互いに視線を合わせつつ、ルリ様から、ゆっくりと手を離した。

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