第254話

 俺の膝の上に、顔を埋め動かなくなったクリア。


 「寝た、のか……?」

 確認の為、声を掛けて見るも、返事は無い。


 「スゥー……。スゥー……」

 代わりと言っては何だが、顔に耳を近付けてみれば、可愛らしい寝息が返って来た。

 

 (……もう、心配ないみたいだな……)

 俺は静かに、その頭を撫でる。


 (この様子じゃ、バレてないよな……)

 俺の最大の嘘。いや、この場合は隠し事か。

 

 覚悟は決めていた筈なのに、クリアが泣き出すまで、その話題に触れられなかった。


 彼女がリミアを止められなかった事を気にしているなんて、初めから予想できていたのに。

 俺の覚悟が足りないせいで、無駄に彼女を傷付けてしまった。


 「ごめんな……」

 それは、彼女の傷付けてしまった事への謝罪か。或いは、隠し事をしている、後ろめたさから来るものか。

 彼女の髪を撫でていると、自然に謝罪の言葉が口から溢れた。

 

 「んんっ……」

 (おっと……)

 俺の声が耳に届いてしまったのか、はたまた、顔を下にしていた為、息苦しかっただけなのか。

 寝苦しそうに、体勢を変える彼女の頭から、慌てて手を離す。


 「……スゥー……。スゥー……」

 寝やすい角度を見つけたのか、顔を横向きにし、再び寝息を立て始めるクリア。

 俺は、彼女が目覚めなかった事に安堵すると、蟻の様な下半身から、掛布団がずり落ちてしまっている事に気が付いた。


 (いつもは、この体を折り畳んで糸に包まってるんだよな……)

 今は、リミアに糸を奪われたせいで、下半身を糸で覆う余裕が無いのだろう。

 繕っている上半身部分も、最小限の大きさだった。


 それにしても、初めて彼女の体を見るが、常に糸で締め付けられているであろう下半身は、細く、発育不良気味。

 対して、いつも背中から出ている、立派な8本脚だけが、アンバランスに発達していて……。


 (あんまり、体に良さそうじゃないな……)

 いつも、この姿で居れば良いのにとは思うが、彼女からすれば、これは裸同然で、恥ずかしいと言うか、危機感を感じると言うか……。


 「……って、俺の前で、そんなもん。堂々と見せてんじゃねぇよ」

 俺は小さな声で冗談めかして笑うが、先程までの彼女は、そんな事も気にならない程に、追い詰められていたのだろう。

 そして、それを忘れて眠ってしまう程に、俺を信頼してくれているのだろう。


 「…………」

 俺は懲りずに、その小さな頭を撫で始める。


 そうする事で、信頼を裏切っている事実が有耶無耶になる気がして。許される気がして。


 (許すなよ、俺)

 結局、俺を許すのは、俺自身なのだから。

 そして、俺が今している事は、過去にした事は、許される事ではない。許されて良い事ではない。

 だって、それを許してしまったら、もう、命の価値なんて……。


 「うぉっ……」

 背中に張り付いていたリミアが、急に動き、俺の上半身を敷き倒す。


 「……起きたのか?」

 俺は、背中から離れたリミアに、小声で声を掛ける。


 「ん……。でも、もう少し寝る」

 薄目を開けて、這うように俺の側面まで移動してきた彼女は、そう言いながら、俺の腕に顔を埋めて来た。


 「ルリも、少し、寝ると良い」

 顔を埋めたまま、小さく呟くリミア。


 (心、読んでないよな?)

 俺が考え込みそうになったタイミングで、リミアが動いたので、少し心配になってしまった。


 「…………」

 俺は黙って、腕に抱き着くリミアを見つめる。

 しかし、心が読まれている様な感覚はしなかったし、リミアからの反応も無かったので、多分、そう言う事でないのだろう。

 

 「……スゥー……。スゥー……」

 その内に、片腕からも、寝息が聞こえ始めて……。


 リミアの御陰で、こちらの気も幾分か紛れた。

 それに、彼女にベッドへ押し倒されてやっと気が付いたが、俺自身、かなり疲労している様だった。


 何か今すぐに、しなければいけない事がある訳でもないし、膝上にクリア、片腕をリミアに拘束しており、彼女達を起こすのも忍びないので、体を動かす事も出来ない。


 それに、守るべき彼女達が、こんなすぐ傍にいてくれれば、安心できるという物だ。


 「……少し休むか」

 そう呟いて力を抜くと、もう、指一本動かせないのではないのかと思う程の疲労感が襲ってきた。


 「…………」

 力が抜けたせいか、二人の鼓動や寝息、全てを預けて来る感覚が伝わって来る。


 俺に、俺なんかに、全てを預けてくれる彼女達。

 絶対に守り抜けねば。そう思うと同時に、とても癒された。


 (この感覚の根源は……)

 いや、そんな物を探るのは野暮か。

 それを知った所で、俺は彼女達の幸せを守る事に変わりは無いのだから。

 だったら、その根源も知らずに、俺も、幸せそうな二人に癒される、道化な幸せ者で居よう。

 その全てが、自身の利益の為だとしても。


 (あ、そうだ、後でコグモ達に謝らないと……)

 二人の温もりを乗せた感覚は、そんな思考ごと、微睡みの深くへと沈んでいく。

 

 こんな幸せな夢が、いつまでも続きますように。

 碌に動いていない頭で願ったそれは、嘘偽りない俺の本心だった。

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