第252話

 「では、私たちが死んでいたのなら、どうする御積もりのだったのですか?」

 私の、逃れようのない、核心を突いた質問。


 「そうッスね……。ボクは、それを知る事は無いでしょうし、知ろうともしないので、一生、お二人を待ち続けるんじゃないッスかね?」


 「そんなの!!それでは何の解決にも!!「解決なんて……」」

 私の言葉を遮り、ウサギさんが呟く。


 「もし、ボク達だけが生き残ったとしても、何もしなくて良いんッスよ。

 ボク達はひたすら、ご主人様たちの帰りを待ちながら、ご主人様の帰りを信じて、御主人様が望む様に、幸せに暮らし続ける。

 そうッスね。強いてする事があるとするならば、帰りを信じて待ち続ける事だけッスかね」


 そうすれば、自身の死が、或いは、納得が、時間が全てを解決してくれる。天を仰ぐ彼は言外に、そう告げていた。


 そうか、彼は、ウサギさんは……。

 彼の話を聞いた瞬間、私の中の彼に対する悪感情は、収まるべき所に収まった気がした。


 「なるほど。だから、ウサギさんは、いつもそんなに余裕なんですね」

 私は落ち着いた態度で、呟く。


 「……まぁ、他人から見れば、そうなのかもしれないッスね」

 少し不満気に、私の呟きに返してくるウサギさん。


 「なので、私のルリ様改造計画にも非協力的だと」


 「まぁ、なんだかんだ言って、御主人の傷付く姿は見たくないッスしね……。でも、コグモさんが間違っているとも思わなかったッスし、だから、邪魔だけはしなかったはずッス」

 確かに、彼は協力しないだけで、敵対はしてこなかった。


 「それに、コグモさんが思っているよりも、御主人は強い人ッスよ!やる時はやってくれるって、信じてるッス!」


 そうか。

 それが、私と彼の決定的な違い。


 ウサギさんは、本気でルリ様を信じている。

 そして、何があっても、彼の想いを、行いを、信じている。


 例え、ルリ様の身が滅びようとも、その心は、魂は生き続けると。

 自分達が幸せに生き続ける事が、彼にとっての救いにもなると。

 そう、信じ続ける覚悟がある。


 対して、私はルリ様を信じていない。

 いや、ルリ様だけではなく、他の誰も、自分自身でさえも信じていないのだ。


 何故なら、潰えない命は無く、私にとっての可能性は、幸福は、その命の上だけに成り立つ物だから。


 いつか潰えると分かっている物を、潰えないと信じるのは無理だ。

 しかし、無理だと分かっていても、藻掻かざるを得ない。


 最愛の人の幸せを願うならば、例え、その相手を傷つけようとも、嫌われようとも、その命だけは、可能性だけは繋ぎたいのだ。


 「……やっぱり、私、貴方が嫌いみたいです」


 「なんスか急に?!と言うか、やっぱりってなんなんスか?!」


 「でも、もしもの時は……。私と、ルリ様に何かあった時だけは、信頼しています」

 何物も信頼できない私と、相反する思考の持ち主だからこそ、信頼できる。

 残された皆を幸せに導いてくれる、未来が見える。


 「い、いやぁ……。その信頼が役に立つ日が来ない事を願ってるッス……」

 表情筋をこわばらせ、困り果てた様な表情で、返してくるウサギさん。


 そんな彼の表情を見ていると、やはり、スッキリする。


 疑問符で頭を一杯にしたウサギさんを傍目に、私は「ピッー!!」と、体内のパーツで音を鳴らすと、駆けて来たファーストに飛び乗る。


 「それでは、小屋で伸びていると言っていた、人間達の件は頼みましたよ。

 私は、オオカミと、ゴブリンさん達を何人か借りて、道中見つけた食料を回収してきますので。日が落ちて暫くしたら帰ります」


 「え、ちょ……」

 それだけ言い残すと、ウサギさんの返事も待たずに、ファーストを走らせる。


 「ウォーン!!」

 ファーストの遠吠えを聞いた遠征隊が、待っていましたと言わんばかりに、後を付いて来た。


 「あら、今日はゴブスケさんも来たんですね」

 

 「ヴァゥ!!」

 他のゴブリン達よりも小柄な彼は、オオカミに跨ったまま、こちらに向かって元気な返事を返しくる。


 私達が無事に帰って来た事、食糧に有り付けると言う事を、純粋に喜んでいる様だった。


 ゴブスケさん達は、この森で長く暮らしている分、何度も仲間を失っていると聞いている。

 だから、仲間が帰ってこない可能性は常に考えていて、帰ってきたら、それを純粋に喜ぶのだろう。


 「……貴方も、ウサギさん派みたいですね」


 「ヴァゥ?」


 「いえ……。信頼できると言う事です」


 我ながら、雑な、はぐらかし方だったが、ゴブスケさんは「ヴァゥ!」と、素直に喜んでいる様だった。


 「はぁ……」

 ウサギさんと言い、ゴブスケさんと言い、能天気と言うか……。


 「私も、余裕のある女になる事が出来れば、ルリ様に頼られる様になるんですかね……」

 そう呟いては見る物の、無茶しかしない、ルリ様とリミアお嬢様の姿を思い浮かべると……。


 「はぁ……」

 再びのため息と共に、その幻想は一瞬で霧散した。

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