第251話

 「行ってしまいましたね……」


 「そうッスね……」


 私とウサギさんは、ルリ様が消えて行った方向を見ながら呟く。


 「……あの、私は後を追った方が良いのでしょうか?」

 私は横に立つウサギさんに視線だけを向けて、質問する。


 「なんでボクに聞くんッスか?」

 ウサギさんは、こちらへ振り向くと、本当に理解ができないのか、眉間にしわを寄せて首を傾げる。


 「いえ、何と言いますか……。常に、ルリ様は皆の前だと、気を遣っているじゃないですか。

 なので、素直と言うか、幼いと言うか……。あの様なルリ様には慣れていなくて……」


 真剣に悩む私に、ウサギさんは、更に眉に皺を寄せて、体ごと首を傾げ「そうッスか?いつもあんな感じッスけど……」と、呟いた。


 場を和ませるユーモアを含んでいるのは分かるが、彼が理解に苦しんでいる事も嘘ではないのだろう。


 「まぁ、その皆の例から外れているウサギさんには、分からないですよね……」

 と、そこで、私は、内心、ハッとなる。


 今、口に出してしまった発言は、前々から、私が、ウサギさんに対して感じていた、黒い物が詰まっていたからだ。


 私は、いくら頑張っても、手に入れられない物。

 ウサギさんだけが持つ、ルリ様にとっての特別。


 彼ほど、ルリ様に心を許されている相手はいないだろう。

 それが、羨ましくて、恨めしくて……。


 「全くッス!ボクにも気を遣って大事にして欲しいッス!」

 しかし、それに気づいているのか、いないのか、ウサギさんは、いつも通りの空気で返してくる。


 「……?どうしたんッスか?」

 黙り込んだ私と目が合ったウサギさんが、再び首を傾げる。


 その、感情を隠さない、素直な態度は、本当に何も考えていない様に見えて……。

 私が深読みをしているだけで、ウサギさんは本当に何にも気づいておらず、こちらに気を遣っている訳でもなく、それが素の姿なのでは無いかと、思えてきてしまう。 


 「いえ、何でもありません。それよりも、ルリ様の件は、どうするべきでしょうか?」

 私は自然な形で彼から視線を外すと、会話を続ける。


 「ん~……。まぁ、ボクが考えるに、頭が冷めて、気まずさが解れるまでは、暫く、放って置いてあげた方が良いんじゃないッスかね」


 そこまで話して、去り際のルリ様の表情を思い出したのか、「やっちまった!!みたいな顔してましたし。いやぁ、あれは傑作ッス」と、クスクス笑うウサギさん。


 正直、私は肝を冷やすばかりで、今、思い出してみても、微塵も笑えない。

 一体、ウサギさんは何に取り乱すのだろうか?


 それは、ルリ様に揶揄われて焦る場面などはある。が、そう言う事ではない。


 ウサギさんと初めて出会った時も、彼は、ルリ様と言う主人を失いながらも、その後を追うような事はせず、冷静に状況を判断して、私達の仲間となった。

 

 ルリ様がゴブリン達に囲まれて、気絶していた時もそうだ。

 相手に戦意がない事を感じ取り、飛び出そうとした私やムカデを止め、気絶していたルリ様にも、冷静に対処していた。


 あぁ、そうだ。ウサギさんはいつも冷静なのだ。

 切羽詰まった様子を見た事が無い。

 

 「何でウサギさんは、いつも冷静で……。心に余裕を持ち続けられるのですか?」

 私は純粋な好奇心から、それを聞く。

 

 「余裕ッスか……?余裕なんてこれっぽちも無いッスけど……」

 これまた自覚の無いウサギさん。


 「まぁ、焦れば、火事場の馬鹿力でしたっけ?そう言うのは発揮できらしいッスけど、逆に判断力は鈍りそうッスし……。ボクは常に最適解を探しているだけッス」

 それが難しいのだが……。

 

 「では、もし、私達が森から戻ってこなかった場合は、どうする御積りだったので?」

 そんなウサギさんに、私は少し意地悪な質問をした。


 「別に何にもしないッス。コグモさんの事ッスから、最悪、御主人の命だけは助けるように行動するでしょうし……」

 私の視線を見て、そう言う事を聞いているのでは無いと察したウサギさんは一旦、そこで言葉を止める。


 「まぁ、流石に、ココがあの、魔力でしたっけ?に呑まれそうになれば、皆さんを連れて逃げるッスよ。もし、御主人が帰って来た時に、ボク達が死んでたら、それこそ、死んだ後も、死ぬ程説教されそうッスしね」


 そう言って、冗談を織り交ぜながら、苦笑するウサギさん。

 どうしても、空気を重たくはしたくないらしいが、私はそんなに甘くない。

 

 私は彼を追い詰める為の言葉を考え、口を開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る