第250話

 「おぉ……」

 木の上から、初めて、生で拠点を見下ろす俺は、思わず感嘆の声を漏らす。


 そこには、俺達の家になっていた大木を中心に、簡易な箱型の建築物が並んでいた。


 他人の記憶で断片的に見てはいたが、こう、しっかりと、全体像を生で見ると、やはり、感激せざるを得ない。


 「あれは、建築途中の奴か……」

 そこには、竹の様な植物が対角線上に四本と、真ん中に一本、立てられている。

 中には、生きた木をそのまま柱しているものもあったが、きっと、あれが、この箱型建築の基本形なのだろう。


 しかし、その後は割と自由な様で、壁となる範囲に、びっしり竹を刺してみたり、その竹と竹の間を、蔦や、木の皮を回し、簡易な壁を形成していた。


 更に段階が進めば、簡易の壁の隙間に干し草を詰めたり、上から土壁の様な物を塗る作業を行っている様で、そこかしこで、ゴブリン達が忙しそうに、それでいて楽しそうに働いていた。


 「それにしても、住人が増えたな……」

 新顔のオオカミ達は勿論、ゴブリン達も、倍以上の数になっている。

 ぱっと見でも、オオカミ10に、ゴブリンは20人以上、居るだろうか。

 影や、家の中にいるであろう人数も考えれば、相当な大所帯だ。


 「そりゃ、建築もこれだけ早く進む訳だよな……」

 因みに、屋根は、クリアの糸で縫った物や、壁同様、蔦や、木の皮で作られたもの。木の葉を掛けただけの物や、干し草で編んだ物等、多種多様だった。


 ゴブリン達も大雑把な指示を貰っているだけで、後は自身で考えているのか、時折、首を傾げたり、素材を見つめたり、中には集まって、地面に何かを描き合っているグループもいた。


 「皆で色々試してみてる。って言った所か」

 万が一の事態が起きれば、捨てる拠点だ。

 実験をするには、ちょうど良い環境だろう。


 全てを置いて逃げても、ここで得た知識だけは付いて来る。

 きっと、未来を見越したウサギの指示だろうな。


 「----……。」

 その、ウサギと言えば、先に拠点に着いていたコグモと、何かを話している様だ。

 残念ながら、この距離では、その内容までは聞き取れないが。 


 「…………」

 それにしても、身振り手振りの多い奴だ。

 それでいて、顔が真面目だから、コミカルで可愛い。


 しかも、対峙している相手がコグモだと、膝の辺りで手を組み、静かに話を聞く、彼女の大人な姿勢が、彼の、子どもの様な落ち着きの無さを強調していて……。


 それでいて、話している内容は、やはり大人の会話なのだろうな、と思うと、頼もしいような、何処か、頼りないよな……。


 (一生見てられるな……)


 と、流石に、そんな事で時間を無駄にする訳にも行かないので、俺は木から飛び降り、二人と合流する事にした。

 

 「よ。ただいま」

 俺はリミアを背負い直しながら、空いた片手を上げ、ウサギに声を掛ける。


 「お、無事に帰って来たッスね。おかえりなさいッス」

 それに対して、ウサギも、いつも通りの軽い挨拶で返してきた。


 (コグモから、色々あった事は聞いているだろうに……)

 それも、彼の予想の範囲内で、取り乱すには値しない事なのだろうか。

 ……いや、合理的な彼の事だ。予想の範囲を超えていたとしても、取り乱すメリットと、デメリットを天秤にかけ、自制しているのかもしれない。


 (現に、現場の指揮が乱れている様な様子も無いし……。動きは忙しないのに、本当に、貫禄のある奴だな)

 

 動揺を隠すとか、そう言う事は、俺には難しい。

 コグモにも、ウサギにも出来て、俺には出来ない事。


 「二人とも、俺より大人なんだな……」


 「なんスか急に?危険な目に遭い過ぎて、頭おかしくなったんッスか?」

 

 「…………」

 俺は無言で、ウサギの足を踏んづける。

 が、軽く非力な俺の踏み付けなど、痛くも痒くも無い様で、不思議そうに首まで傾げて煽ってくる来る始末だ。


 本当は糸でキツイ一撃をお見舞いしてやりたいところだが、リミアを背負っている今、暴れる訳にも行かない。


 「チッ……。後で、覚えてろよ……」

 俺は屈辱を噛み締め、足を退ける。


 「意味が分からないッス!理不尽ッス!」


 「ウサギ……。時に、世界は理不尽な物なんだ。諦めろ」


 「そうッスか……。とは、ならないッスよ?!まるで他人事の様に……。騙す気なら、もっと本気で来て欲しいッス!!」


 (あぁ、本気なら良いんだ……)

 

 「そもそも、御主人は、俺に対する扱いが、雑過ぎるんッスよ!いつもいつも、適当にあしらって……」


 「そう言えば、クリアが何処に居るか知ってるか?」

 何故か愚痴のスイッチが入ったウサギは放って置き、コグモに話を振る。


 途中に飛んで来た「分かってるんッスか?!そう言う所ッスよ?!」とのツッコミも、当然、無視だ。


 「えぇ、クリア様でしたら、リミア様に糸を奪われ、逃げられた後、無言で部屋戻られたそうですが……」

 そこまで語った彼女はウサギに視線をやる。

 多分、詳細は彼に聞いた方が良いと言う事なのだろう。


 「……まだ、戻って来てないッスね。

 落ち込んだ様子でしたッスし、僕が下手に励ますより、放って置いてあげた方が。って、感じで……。

 まぁ、詰まる所、様子見状態ッスけど、御主人なら、何とかなるんじゃないッスか?」

 不貞腐れつつも、ちゃんと答えてくれるウサギ。


 そう言う、感情に素直でいて、大人としても態度も分かっている所が、また、虐めたくなってしまうんだよな……。


 因みに、素直な態度の分、先程は、素で、俺を馬鹿にした事は分かってる。

 コグモに馬鹿にされても許せるが、お前は許せん。死刑だ。

 

 「……何でコグモさんは良くて、僕はダメなんッスか?」

 ウサギがジト目で聞いて来る。

 どうやら、俺の心の声が漏れていたらしい。


 「そうだな……。コグモに馬鹿にされても「私はそんな事しませんよ?」気にならないが、ウサギにされると、ムカッとするからだな」


 「だから、何で僕に対してはムカッとするのかを聞いているんッスよ!」

 「ルリ様?私は決して、貴方の事を馬鹿にしてなんていないですからね?」

 突如、詰め寄ってくる二人。


 「あ~~!!五月蠅い五月蠅い!二人は俺に無い頭を使って、今後の事でも考えてればいいじゃないか!」

 我ながら、嫌味な発言だな、とは思ったが、口に出してからではもう遅い。


 「と、兎に角、俺はクリアの様子を見て来るから!後の事は任せたぞ!」

 俺は逃げる様にして、大木の方へ向かう。

 

 どうも、ウサギの前では調子が狂うのだ。


 「クソッ!!ウサギの奴め!!」

 そう、悪態を呟いて見せるが、自身が悪い事等、百も承知。


 こんな調子では、最強所か、大人への道すら、遠のくばかりだった。

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