第249話

 「んじゃ、行きますか」

 準備を終えた俺は、気を失ったまま、静かに寝息を立てるリミアを背負うと、立ち上がる。


 「そうですね。皆さんも待ちくたびれているでしょうし、少し急ぎましょうか」

 コグモも俺も、先程の件には触れない。

 暗黙の了解ってやつだ。


 俺は、拠点の位置が分かる、コグモの後を追いかけるような形で、森の中を進んでいく。


 「……静かだな」

 暫く移動したが、あまり生物の気配が感じられない。

 糸にひっかる振動は、精々、小さな羽虫や、木の葉の下を這う地虫程度だ。

 

 「大抵の大きな生物は、食われるか、逃げだすか。兎に角、この辺りには、もう正気を保った大型生物は居ませんね」

 

 そうだろうな。なんせ、その押し寄せた生物たちが、人間の村や、その周辺の食物を食い荒らし、酷い事になっているのだから。

 

 それを知らなかった俺は、ミルの両親に、ミル共々、今年の冬は問題なく越せると、騙されていた訳だが。


 (知らされないって、怖いな……)

 まぁ、問題が起こるまでは幸せに暮らせるのかもしれないが、その後の事を考えていない。或いは諦めている様な思考は、やはり、嫌悪感を持たざるを得なかった。


 (せめて、俺は、子ども達に選択肢を与えられる大人になろう)

 勿論、もしもの時が来るまで、無知で、無垢な幸福を味わっていたいと言うのなら、それで良い。

 残酷な現実が、それを教える前に、コグモやウサギがその役目を担ってくれるだろうから。


 俺は、子ども達を甘やかして、守ってあげるだけ。

 しかし、子ども達が心の底から知りたがっている事には、正直に答える。

 それだけの事だ。

 

 (ま、ミルだけは例外だけどな)

 ミルにはコグモ達のような存在がいない分、俺が厳しく育てよう。

 そうする事で、彼女の中の選択肢が増える。

 

 まぁ、厳しく育てる以上、逃げるなんて言う、甘っちょろい選択肢は許さないが。

 その分の優しさは両親から貰えば良いさ。

 それこそ、両親から守ってもらって、俺の教育の魔の手から逃れると言うのも手だしな。


 (……そうなると、コグモ達が行き過ぎた時のストッパーも、俺の役目になる訳か……)

 あの、絶対暴君にして、我儘の為なら、自身の命すら厭わない、女王様な、コグモのストッパー役。


 「…………」

 前を行く、俺より一回り以上大きなコグモの背中を見て居ると、早くも気が重たくなって来た。

 

 と、返答の無い事を疑問に思ったのか、こちらを確認するように振り返った彼女と目が合う。

 

 「あ、いや……。これだけ生物がいなければ、森の奥に置いて来た食料も食い荒らされずに済みそうだな」

 俺は咄嗟に適当な話題を考えて口に出す。


 「……どうでしょうね。私は少なくとも、餌の匂いに引き寄せられた、厄介な客人と鉢合わせさえしなければ、万々歳だと思いますが……」

 すると、意外にも、コグモは真面目に、その話題に食いついて来た。


 「厄介な客人って、魔力に侵されて、正気を失ったやつの生き残りか?」

 俺は、俺が読んでいない彼女の記憶の中で、コグモが何かを知っているのかと思い、話を続ける。


 「いえ……。確かに、それも十分に脅威なのですが、あの奥地で、魔力に適応し、理性と知性を有した上で、あの生存競争を生き残れるほどの力を持つ生物が存在するかもしれません」


 「それは……」

 ないとは言い切れない。

 何万、何億と言う生物が飲み込まれているのだ。

 加えて、この世界では進化が進みやすく、魔力の性質から考えるに、その、異常な進化速度の原因は、魔力にあっても可笑しくない。


 そして、その魔力が濃い場所で、長く生き延びた生物がいたとするならば、或いは……。


 「……まぁ、そんな強力な生物がいれば、魔力の領域から出て、この辺りの絶対捕食者になっているでしょうし、それ程、心配する必要は無いのかもしれませんが」


 気休め程度に、そう呟く彼女の口調は、それでも、どこか、硬かった。

 可能性が捨てきれない以上、安心はできないのだろう。


 「……注意にするに越した事は無いな」


 「そうですね……」


 と、そうこうしている内に、河原に出た。


 「ここって、いつのも川か?」

 

 「はい。このまま数分、下流に下って行けば、青空教室を開いていた場所に出る筈です」

 俺達は河原沿いに生える木の上を伝いながら、移動を続ける。


 (それにしても、数分……。数分か……)


 「……案外近いんだな」 


 「そうですね。魔力領域の進行速度は、中々の物でしたから、気付いた時には、もう……。

 あのまま行けば、冬を待たずに拠点も飲み込まれていた事でしょうね」


 あんなものが迫って来ていたらと思うと……。

 そんなの、食糧の確保所では無い。

 まして、俺すらも行方不明で、冬も迫って来ている。


 コグモ達が思い切った行動に出た理由が、少しは理解出来た気がした。

 

 「……悪かったな……。その、色々と……」

 完全に予想外の事態とは言え、そんな事態はいくらでも起こりうる。

 コグモ達をここまで追い詰めた、直接的原因が俺にある訳では無いが、連絡手段など、不測の事態に備えて、何かしらの対策を取るべきだった。


 そうすれば、一緒に悩んで、少なくとも、コグモや……。もう一人のリミアが、その身を自ら危険に晒す事には、ならなかったのかも知れない。


 「いえ……。今回は、私達の策略と言う面もありますし……。

 それに、結果としては、ルリ様もお強くなられて、魔力も払い除けられ、おまけに食料も確保できて。良いこと尽くめでは無いですか!」


 何かと暗い空気が続いていた事を気にしたのか、コグモが明るく振舞ってくれる。


 「はははっ……。そうだな。確かに良いこと尽くめだな」

 素直にその雰囲気に乗っかってしまいたいのに、リミアの件が頭から離れず、下手な笑顔で、コグモが作り出してくれた空気を駄目にしてしまう。


 (嘘を吐く覚悟はしていたはずなんだけどな……)


 「あ~~~!!!くそ!!やっぱ、よぇ~な俺!!」

 動きを止めた俺は、思い切って、木の上から、河原に向かって叫ぶ。

 

 「ふふふっ。何ですか、それ。そんなの、大声で叫ばなくても、皆、知ってますよ」

 わざわざ、すぐ隣に来てまで、俺を茶化すコグモ。

 

 「うっせーな!そこは嘘でも、強いですよって慰めろ!!」


 「私、嘘は苦手ですので……」


 「この大嘘つき野郎が!!」

 その地味に上手い演技に食って掛かれば、コグモは「キャッ!!」とワザとらしい声を上げて、俺から距離を取る。


 「……ったく、もう……」

 一体、俺は、いつになったら、コグモに気を使わせずに済む様になるのやら……。

 

 「おい!待てコグモ!こっちはリミアを背負ってんだぞ!」


 文句を垂れながら追う、その背中は、今の俺では到底追いつけそうになかった。

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