第248話

 『これで良かったんだよな……?』

 その問いかけに、答える者はいない。

 俺自身、何が正しかったのかなんて、分からないのだから。

 

 しかし、あの場では、あれ以上の最善手が見つからなかった。

 どうにもならなかった。どうしてやる事もできなかった。


 『俺がもっと上手く魔力を扱えれば……』

 扱えれば、助かっていたのだろうか?

 分からない。どうすれば、彼女が助かったのか、分からない。


 『クソッ!!』

 悔しさのあまり、握る強く握り締める手の内には、いくつかの、小さな記憶の欠片だけが残されていた。

 

 これは、彼女が生きていた証。

 俺の中に眠る、オリジナルの……。もう一人の彼女を目覚めさせる為の、カギだ。


 『…………』

 このまま項垂れていても仕方がない。

 今の俺に出来る事は、彼女の最後の望みを叶えてやる事だけだ。


 それに何より、何かをしていた方が、辛くない。

 あいつだって、辛そうにしている俺よりも、前向きな俺を見て居たいだろう。


 ……そう言う事にさせてくれ。


 『……このままじゃ使えないな……』

 損傷が激しすぎて、断片的過ぎる。

 不自然な合間は、俺の想像と魔力で補って繕うしかないだろう。


 『最後の記憶は……』

 きっと、誰が知っても幸せには、なれない。


 これは俺と彼女だけの思い出。

 そうして置いた方が良いだろう。


 『リミアは、あそこで消えずに助かった。……それで良いんだよな?』

 勿論、答えは無い。

 俺も、求めてなんていなかった。


 記憶を改竄する。

 これは、今の俺にとって、最悪の嘘だ。

 だからこそ、その責任を誰かに擦り付けようなんて、まして、彼女のせいにしようとなんて思わない。


 これは全部、俺の責任だ。

 消えた彼女がそれを望んで居ようと居まいと関係ない。


 俺は、俺のしたい様にする。

 この想いは俺の物で、その責任も俺の物だ。


 俺は、そのキラキラとした記憶を、自身の胸の中へゆっくりと取り込む。

 後は、誰にも見られない様、封をかけて、大切に保管して行こう。


 そうすれば、誰も、真実を知らずに楽しく暮らせるはずだ。

 それが、俺の望んだ世界なのだから。

 

 (……後は、リミアの記憶糸と、クリアの記憶糸を結び付けて……)

 俺が空っぽにしたクリアの記憶糸の中に、リミアの記憶が流れ込んでくる。

 

 (最新の記憶に、俺の繕った記憶を結び付ければ……)

 

 『よし……』

 後は、リミアが目覚めるのを待つだけだ。

 

 (いや、かなり体も弱っている様だし、現実世界に戻って、俺の栄養を少し分けてやった方が良いかもな)


 どうせ、ここで待っていても仕方がない。

 それに、コグモも心配しているはずだ。


 「……よぉ……」

 現実世界に戻った俺の前には、目を閉じ、優しい表情をしたコグモの顔が……。

 どうやら、俺はコグモに膝枕をされているらしい。


 「大丈夫でしたか?」

 コグモは、一拍遅れて、俺に声に反応する。

 その手は、優しく俺の頭を撫で続けていた。

 

 「あぁ、大丈夫だ。暫くすれば、その糸球、元い、リミアも起き上がるだろうよ」

 俺はコグモの脚の上から、頭を退けると、彼女に背を向け、クリアの、いや、リミアの糸に栄養を送りつつ、形を整えて行く。


 「…………」

 コグモは、俺の発言に驚きもせず、地面に正座をしたまま、不安そうに、こちらを見つめて来た。


 察しの良いコグモの事だから、俺の、俺自身ですら気が付かない、微妙な変化に気が付いたのかもしれない。


 「……本当に、大丈夫なんですね?」

 暫く、黙って、作業の様子を見守っていたコグモが口を開いた。

 

 「ん……?特に体に異常は無いが……。なんか変か?」

 まぁ、コグモが言いたいのは、そう言う事ではないのだろうが。


 俺は作業を続けつつ、敢えて的を外した返事をする。

 心から信頼されたい相手に吐く嘘は、最小限にしたかった。

 

 「…………」

 再びの沈黙。

 お互いに、相手の出方を窺う、あまり、心地良くは無い静寂だった。


 「涙を……、流していたので……」

 コグモが、小さく呟く。


 「……そうか」

 それは気が付かなかった。

 通りで心配される訳だ。


 「……訳を教えては」

 「出来た」


 俺はコグモの発言を遮る様にして、縫い上げたリミア人形を抱え上げる。


 「これで、やっと、皆が揃うな……」

 何をもって、皆とするかは分からないが。

 少なくとも、コグモの中での皆はこれで揃うだろう。


 「そう……、ですね」

 少し悲しそうに笑うコグモ。

 それでも、追及は諦めてくれたらしい。


 しかし、どんな言葉よりも、その表情が、消えて行った彼女と重なって……。

 何より、コグモに無理をさせているという事実が、俺の心を抉った。


 「……俺、強くなるから……」

 俺はコグモに背を向けたまま、やり場のない気持ちを抑える様に、歯を食いしばる。


 「はい」

 彼女はそう呟くと、背後から俺を優しく抱き留めてくれた。

 俺の唐突で、独りよがりで、意味不明な発言を、寛容な心で受け止めてくれた。


 止めて欲しい。

 そんな事をされては、気持ちが止められなくなるじゃないか。


 俺は、編み上げたリミアのコアをギュッと抱きしめる。

 

 「……強くなって、皆を守るから。心配もさせないぐらい、強くなるから……」

 だから、今だけは許してほしい。

 

 「…………」

 コグモは何も言わない。


 ただ、先程までよりも、少し強くなった抱擁は、弱い俺の心を包み込むに、十分な安心感を与えてくれた。

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