第247話
『……ルリ……』
『?!』
想い残し達の隙間に、聞き覚えのある声が聞こえた。
『リミアか?!リミアなのか?!』
俺は、その光に群がる想い残し達を必死に振り払い、手繰り寄せる。
『ッ………!』
触れた瞬間に分かった。
コレはリミアの記憶の塊だ。
詰まりは、彼女の人格、いや、彼女本人と言っても良い。
こうやって、記憶糸の中に、自分だけの記憶が詰まった繭を作りだり、外部の干渉から身を守っていたのだろう。
状況は良く分からない。
でも、今、目の前にリミアがいる事は確かだった。
『リミア……!俺だ!ルリだ……!』
俺は手に浄化の力を集めると、全力で繭に纏わりつく魔力達を、振り払って行く。
『う、クッ……』
弱々しく響く、リミアの声。
『大丈夫か!?リミア?!』
いくら呼び掛けても返答がない。
『クソッ……!』
その上、魔力を祓って行くと、繭が所々、溶かされ、他の魔力と混ざってしまっている部位が露になってきた。
確実に蝕まれている。
『寄るな!お前ら!』
祓っても祓っても、魔力はそこから彼女の中に侵入しようと群がり、彼女の中でも、既に侵入した魔力達が暴れているのが分かった。
その度に、リミアが苦しんでいる事も……。
『……触れるなよ。この想い残し共がっ……!』
もう、そこに、彼ら想い残しを安らかに眠らせてやろうなんて言う気持ちは、一切なかった。
でも、今度は、それを思い直そうなんて言う気持ちは、一切湧かない。
大切なモノを傷つけられて、今もなお、傷つけ続けている相手に向ける慈悲は、優しすぎると揶揄される俺でも持ち合わせては居なかった。
魔力達が、俺を攻撃しようと構わないが、俺の大切なモノを害す事だけはは許さない。
もし、奴らにどれだけ崇高な想いがあろうと、関係ない。
俺は、俺の大切な物を守る。
俺は、俺のしたい様にするだけだ。
『リミアから離れろぉぉぉ!!』
俺は、何本かの触手をイメージし、それを背中から生やすと、リミアの傷口に宛がい、塞いでいく。
それでも、リミアに寄って来る魔力共は、残った触手に浄化の力を込めて振り祓った。
『うっ……』
浄化の力。……いや、そんな崇高なもんじゃない。
俺は、俺自身の魔力を、一度に使い過ぎたせいで、少し、存在がブレる。
もしかしたら、この精神世界では、魔力なしに存在する事ができないのかもしれない。
しかし、その御蔭で、糸の中に漂う、不純な魔力は、殆ど消え去った。
後は、リミアの中に残る魔力を祓って行くだけ……。
『悪いが、覗かせてもらうぞ』
俺は穴を塞いでいた触手を、溶かし込む様にして、内部に伸ばし、中の魔力を祓って行く。
(……そうか。クリアの中に、無理矢理、記憶の糸を押し込んだ時には、もう……)
その際に、リミアの記憶に触れてしまう事は避けられず、なんとなく、現在の状況が分かって来た。
『ウサギとクリアが、俺を追うのを止めたから、一人でここまで来たのか……。馬鹿だな……』
糸の操作は、リミアの方に分がある様で、無理矢理にクリアから糸を引っぺがして、体を分離したらしい。
その際にウサギの粘着液入り水鉄砲を食らい、魔力に侵されながらも、執念だけで、体を動かしていたようだ。
(殆ど理性なんて残っていなかったくせに、コグモのフェロモンを感じ取って、ここまで来たのか……)
もう、俺と対面した時の記憶すら無い状態で、繭の中も、その大部分を侵食されていた。
俺は繭を破ると、溶けかけたリミアの精神体を抱き上げる。
本当に、無茶をする子だ。
俺達が死んでいたら、或いは、もう少し発見が遅れ、完全に魔力に飲み込まれて居たら、どうするつもりだったのだろうか。
(嫌……。誰かがいなくなるのは、もう嫌なの……)
溶けだした彼女の液が、俺の精神体を濡らして行く。
それは、一度、俺の死を目の当たりにした事のある、彼女のトラウマ。
自身の死よりも恐れている、彼女にとって、絶対に譲れないもの。
『ははっ……。流石親子、似た者同士だな』
馬鹿な所までそっくりで……。
クリアは俺に似ないでくれて、本当に助かった。
(いや、あれはウサギの御蔭か……)
案外、教育はウサギとコグモに任せておけば、上手くいくのかもしれない。
過程はどうあれ、現に俺も、こうやって、吹っ切れられた訳だしな。
『ほら、馬鹿な事して、こんな所で伸びてちゃ、賢い妹に笑われるぞ』
俺の腕の中。リミアの精神体が、溶けて、崩れ落ちて行く。
彼女を彼女として保つには、もう、記憶が、感性が、彼女と言う存在が欠け過ぎていた。
『……あ、れ?ルリ……?』
俺は彼女に干渉して、夢を見させる。
すると、目を閉じたままの、リミアが、崩れ落ちて行く手を、天へと伸ばした。
『あぁ、俺はここにいるぞ』
俺は、その手を掴んでやる。
都合の良い夢。それは、魔力を祓う時と同じ手法だ。
『良かった……。無事で……』
彼女は崩れかけた顔で微笑むと、張り詰めた糸を切ったかの様に、崩壊を始めた。
もう、とっくの昔に限界は来ていたのだ。
『あぁ、無事だ。無事だぞ……』
掴んでいた手が崩壊し、その体すら、溶けて行って……。
『私は、偽物の私……。どうか、記憶の糸の中に居る、私を起こしてあげて。そうしないと、クリアが責任を感じるから……』
結局最後まで、他人の事ばかり心配して……。
『偽物なもんか!!お前は、お前だ!!リミアだ!!俺の可愛い娘で……。愛してるぞ!!リミアっ!!』
俺は、思わず、その体を抱きしめる。
『ふふふっ……。ありがと……。私も……』
彼女の口が動くが、もう、言葉にはならない。
その事が悲しかったのか、寂しそうに笑う彼女。
溶けた彼女の一部が、その頬を伝う涙に見えた。
『……!!』
俺は無理矢理に彼女の唇を奪う。
そんな事をしても、意味なんてない。
何の解決にもならない。
……理由なんて、何でも良いじゃないか。
ただそうしたかった。
そうする事しかできなかった。
至近距離で目が合った彼女は、最初こそ、驚いたような顔をしていた物の、最後には満足そうに笑い、消えて行く。
『……クソッ』
残された俺は、居なくなった彼女を抱える様にして、その場で蹲る事しかできなかった。
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