初めての魔法
第244話
いつも勝負は一瞬だ。
何とか引っ張られている糸を分離し、弱点にしかならない残りの探知糸を回収すると、最悪、コアだけは打ち上げ分離が出来る様に調整し、臨戦態勢を取った。
『……私、食われる?』
黒いのが、淡々と聞いて来る。
そこにどんな感情が含まれているのかは分からないが、少なくとも、嬉しいニュースでは無いだろう。
『あぁ、かもな』
シェイクにあれだけ言ったんだ。
ここで誤魔化すのは良く無いだろう。
彼女を成長させ、本物の信頼を得たいなら、信頼に値する存在だと、この場で示してやれば良い。
『食べられたら、終わり?』
『あぁ、終わりだな』
俺は探知用の糸を引っ込めたせいで、辺りを探れなくなった分、耳と目をフル活用して、辺りの気配を探る。
『もう、お腹一杯になれない?』
『あぁ、そうだ。お腹一杯にも、疲れを癒す事も、楽しい事も、辛い事も、怖い事も、嬉しい事も、全部できなくなっちまう』
『全部?』
『そうだ。お前の知らない事、知りたい事、全部だ』
死んだら終わり。全部終わり。
この世界では、死後も自分が納得するまで存在し続けられるようだが、自身では何も変えられない、作用出来ない、干渉できない、観察できない。そんなの、奇跡が起こらない限りは無間地獄に放り込まれたような物だ。
そして、その無間地獄を、彼女は知っている。
多分、俺よりも、ずっと、嫌と言う程詳しく知り尽くしている。
『それ……。考えると、ギュってなる……』
『それは、"嫌"って事だ』
『嫌?』
『そうだ。"嫌"だ。今、考えた様な未来を迎えたくないんだ。因みに、俺もそうだぞ。こんな所で食われるのは嫌だ』
『……そう。これ……、あんまり、知りたくない、嫌、かも……』
嫌と言う感情を知りたくなかったと言う事だろうか?
『そうだな……。でも、嫌な事でも知らないと、分からない事も一杯あるぞ』
『分からない事?』
『あぁ、そうだ。少なくとも、俺は、"嫌"を知ってる。だから、お前の"嫌"も分かる。そして、俺も食われるのは"嫌"だ。……な?お前も、俺の気持ちが分かるだろう?』
俺は引き続き辺りを警戒しながら、黒いのに質問する。
『分かる……。かも』
『そうだ。相手の気持ちが分かる事は大事だぞ。そうしないと、いつか絶対、後悔する』
『後悔?』
『あぁ、"嫌"がずっと、ずぅぅぅぅっと続くって事だ。ほら、お前が取り込んでいた記憶の中にも有ったろ?死んでも、肉体が無くなっても、ずぅっと、ずうっと、残り続けるんだ』
『……分からない。でも、それは……。そんなのは、嫌。あんな何もない空間で、ずっと嫌な思いをし続けるなんて、絶対に嫌!!』
「ウッ……!!」
彼女の中で、何かが弾けた。
(この、直接魂に作用するような感じ、魔力だよな?!)
強い拒絶の感情を彼女から感じる。
まるで、俺まで体から弾き出されてしまいそうだった。
「どうしたんですか?!」
コグモがこちらの異変に気付き、声を掛けて来る。
ただでさえ、敵に襲われ、混乱していると言うのに、もう、頭の中はぐちゃぐちゃだった。
ただ、ぐちゃぐちゃな頭でも、一つ分かる事がある。
唯でさえ、皆を置いて死んだら後悔すると言うのに。
こんな、生まれたばかりの子どもの様な彼女を、殆ど、怖い思い出だけ残して殺してしまったら、絶対に後悔する。それこそ、魔力の仲間入りだ。
そんな事は絶対に嫌だ。
もう、彼女がどうこうでは無く、俺が嫌なのだ。
(だから、頑張れよ俺!)
他人なんて関係ない。
俺は、俺がしたい様にする。
この子にだって、これからも、一杯、彼女が嫌がる、"嫌"を経験してもらう。
嫌を経験させて、それ以上の好きを経験させて、あんな、何もない空間の事など忘れて、楽しく暮らせる様にする。
誰の為じゃない。それが、俺のしたい事だから。
「この世界では魔法が使えるんだよな?!」
俺は誰に言うでもなく、ただ、引き剥がされそうな自身の体と心を繋ぎ止めるためだけに、叫ぶ。
「んでもって、魔力は、精神世界が物質世界を超える為のエッセンス!!」
俺は銃身をイメージして片腕を再構成する。
その際に、銃身の内側に記憶の糸を多く使用し、そこへ、黒いのが溢れ出させる拒絶の魔力を流し込んでいく。
「イメージだ!イメージしろ!拒絶の力が銃身に充填されて行くのを!」
しかし、それだけでは難しいらしく、何も起きない。
多分、魔力濃度が足りないのだ。
「……ッ!!なら、レールガンの要領だ!!まずコアを作って!!」
俺は銃身の中に、空の記憶糸を作り出し、そこへ拒絶の魔力を集めて行く。
それだけで、物理的に腕が持っていかれそうになるが、そこは糸に力を入れ必死に耐えた。
逆に言えば、俺の力でも耐えられる程度の物でしかない。
恐怖に飲み込まれた彼女が全力を出してこれだ。
魔力を物理的なエネルギーに変換するのは、かなり効率が落ちるか、レートが低いのかもしれない。
「んでも、二人分の魔力ならどうだ?!」
俺は銃身に弾を打ち出したいと言う思いを、魔力を籠める。
それは、黒いのが産む拒絶の力に対して、少なすぎる量だったが、それでも、拒絶の力が、俺の魔力と言う、別の物から逃げようと、更に出力を増した。
「敵が狂気に呑まれているなら、見失った場所から一直線にこちらへ向かっているはずだからな!」
俺は敵が来るであろう方向に、変形していない片腕で抑えながら、今にもすっぽ抜けてしまいそうな銃身を構える。
後は、弾の接着面に、俺の魔力を少し注入して……、と。
「来た!!」
木々の間を、白い、溶けたような皮膚をした何かが駆けて来た。
俺は一段と力を込めて弾と銃身へ、それぞれ異なる魔力を送って行く。
すると、弾を押さえていた弁が、耐えきれなくなり、崩壊するとともに、糸の弾が発射された。
「………」
俺より一段高い枝から飛び降りて来た敵には、やはり理性が無いのか、驚く事も、避ける事もせず、こちらへ飛び込んで来る。
バサッ!!
敵の眼前、風圧により接着面が解け、拒絶の魔力と、俺の魔力が反発した事により、弾がネットのように開いた。
「……!!!」
そのネットに触れた瞬間、敵が痺れた様に震えると、ネットと共に地面へと落下していく。
「コグモ!!ネットの上から粘着液を!!」
「はい!」
何が起こったのか全く分からないであろうコグモは、それでも冷静に対処してくれた。
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