第243話
(観察対象の前とは言え、少なくとも、取り乱さない程度には、俺を信頼してくれたって事だよな?)
そう思うと、少し嬉しくなる。
(おおっと、気を緩めている場合じゃないな)
俺はすぐに意識を切り替えると、洞の外の安全を確認する。
(どこも一見、安全そうだが……。落ち葉や障害物で見通しの悪い地上は危ないか?)
それこそ、ムカデタイプの生物が、落ち葉や朽木の影に隠れていたら笑えない。
(まぁ、狂気に呑まれた奴らに、隠れたりする知能は無いはずだが……。安全第一だよな)
まぁ、普段なら、木の上は木の上で、目立って危険なのだが、狂気に呑まれては、大抵の鳥も飛べないだろうし、大抵の生物も、歩きやすい地面に降りるはずだ。
「コグモ。移動は基本、樹上で良いよな?」
「そうですね。私も、樹上で襲われた事はありませんし、ここまでも、そうやって移動してきましたから……。その方が安全かと思います」
「よし、決まりだ」
コグモの了解が取れた所で、俺は頭上に生えている太枝へと糸を伸ばし、移動していく。
コグモも、無言でその後を付いて来た。
そのまま探索を続けて数刻。
「意外と手を付けられていない死体が多いな……」
俺は辺りを警戒しつつ、イノシシの死体に、俺には分からない、フェロモンか何かを擦り込んでいるコグモへ声を掛ける。
因みに、コグモはこのフェロモンのおかげで、この森の中でも、拠点の位置が分かる様だった。
そこから察するに、かなりの距離を届く香りではある事は確かである。
「そうですね。コレは、喉に食べ物を詰まらせて死んでしまった様ですし、中には、食べている最中に殺されていたり、食べ過ぎで死んでいる様な個体も見受けられましたからね」
作業を進めるコグモは淡々と語った。
(コグモは怖くないのか?)
少なくとも俺は、これに皆が巻き込まれたら思うと、ゾッとする。
因みに、俺的に一番怖いと思ったのは、仲間同士、致命傷を負いながらも、食し合って死んでいた事か。
ああなるぐらいなら、喉に腐葉土でも詰まらせて死んだ方がマシだ。
(まぁ、俺の場合は、そんなんじゃ死ねないけどな)
そう言えば、ミルに全身を水に沈められた時、すぐに息苦しくなった。
あれを応用すれば、案外、俺はすぐに無力化できるのかもしれない。
「終わりましたよ。次、行きますか?」
立ち上がったコグモは、こちらへ振り返り、質問してくる。
……やはり、その目に恐怖は無かった。
ただ淡々と、自分の仕事をこなしているだけ。
それだけで、もう、何も心配が無いような……。
(あぁ、分かった。コグモには巻き込ませないだけの、自信と覚悟があるのか)
きっと、コグモにとっては、これが最善手なのだろう。
そして、それを常に自覚し、自身を持って行動している。
(やっぱり欲しいな……。もっと、こう、分かりやすくて、物理的に物事を解決できる様な力が)
俺にも覚悟はあるが、どうしても自信だけが付いてこない。
しかし、目に見える圧倒的な力さえあれば、それも手に入る気がした。
全ての不条理をねじ伏せるような力。
「……ルリ様?」
立ち尽くしていた俺を不審に思ったのか、小首を傾げるコグモ。
「いいや、何でもない。……おい、"黒いの"どうする?」
『……満腹』
俺の中から糸を伸ばし、死体から血を吸っていた黒いのが、満足気に呟く。
『そりゃ、そうだ。全く、俺の体を真っ赤に染めやがって』
おかげで、体が重くて仕方が無い。
……まぁ、最悪、コアだけで逃げれば身軽になるし、なにより、黒いのが幸せそうだから良いか。
「こっちのお姫様はもう満腹だそうだ。相当数、死体にも目印を付けたし、一旦戻るか?」
「しばらくすれば日も落ちるでしょうし、皆さんに心配を掛けない為にも、そろそろ戻った方が良いかもしれませんね」
現時点で、十二分に心配はかけていると思うし、その原因もコグモにあるのだが……。まぁ、その部分を差し引けば彼女の提案は
「……今、失礼な事を考えませんでしたか?これはルリ様がいつまで経っても虫一匹殺す度に感傷を覚える様な、柔な御方だから……」
どうやら、不満が顔に出ていたらしい。
「あぁ、ハイハイ、俺が悪うござんした」
面倒くさい事になりそうだったので、俺は頭上の木の枝に糸を伸ばし、早々に撤退する。
「あ、ちょっと、ルリ様、お説教はまだ……」
やっぱり、お説教するつもりだったのか。
……でも、いつも通りのコグモに戻って来たな。
少なくとも、この数時間で何もしてこない"この子"に対して、警戒を解いてくれたようだ。
まぁ、コグモであればそれすらも、敵を油断させる為の術である可能性が否定できないので、何とも言えないが。
「ッ……!!」
突然、辺りに散らしていた糸に反応が出る。
しかも一直線にこちらに向かっていた。
俺の反応を見たコグモも、辺りを警戒する。
「……イッ!!!」
普通は、目にも止まらず、触れても気が付かない程の細い糸のはずなのに、相手は、その糸を掴み取り、巻き取る様にして引っ張った。
探知用の糸は感度を高めている為、それだけの行為で、電撃の走った様な痛みが俺を襲う。
俺が怯んで居る隙に、相手はどんどんと糸を引き、距離を詰めて来た。
「クソッ!樹上だ!来るぞコグモ!」
一応コグモに声はかけるが、相手の軌道を考えるに標的は、どう考えても俺。
その点だけは、一周回って安心した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます